※ 源田と佐久間(源→佐気味)
※ 成立してません
※ FFI終了後




ゆるやかに変化していく。
源田は成長期を迎えたらしい自分の変化の速度をいまいち把握できずにいた。

一、服が軒並み小さくなった
二、目線がぐんと高くなった
三、ベッドが狭い気がする
四、声がかすれる

外的な体の変化は自分にはわからないのだと知った。
いつの間に背が伸び、体が大きくなったのか。服については向こうが縮んだのではないかといくらいに理不尽を感じる。骨が変わるなんて大層な事なはずなのに、蚊帳の外のような気分。

「え、げん、源田か?」

今日はひと夏離れていたチームメイトにまじまじと見られ、別人のようだとまで言われた。
「折角迎えに来たのに、それか」
「…悪い…でも、なんか…全然違う人みたいで…」
「…佐久間」
「ごめんて!でも、でも別に悪い意味じゃなくて…」
わかっているが、ショックだ。
一番の友人、最も親しいはずの佐久間に別人ようだと言われた。それどころか声を掛けるまで気付きさえしなかった。その上しげしげと見つめられ、まだ信じがたいような顔だ。
「佐久間…」
「ごめんってば!機嫌直せよ…
なんだか雰囲気が変わっちゃってわかんなかったんだって」

雰囲気がかわっただと?

俺はそれを根に持った。


学校に復帰した佐久間は世界大会の話が聞きたい連中にまとわりつかれ、毎日うんざりといった様子だった。敢えて助けない。
案外意地の悪い自分も居たものだと思いながら、源田助けてと頼ってくる佐久間をやはり憎めない。
「人気者だな」
「はぁ、おんなじ話を繰り返すのはもう疲れた」
「人気者だな」
「他人事だと思って」
元より人見知りの気がある佐久間にとって、(以前からかなりファンは居たのだが)騒がれつきまとわれるのは本当に容赦願いたい事だろう。
ショック療法になるかもなと傍観していた部員たちも、改善の見込みが無いどころか悪化しそうな様子に、ようやくやれやれと助け船を出すようになった。



「ゆっくり話す暇も無かったな」

中学生とはいえ世界一になったのだから、取材やら祝賀やら、それこそ学校の騒然やらで、帰国後佐久間は落ち着かなかった。
だから約ひと月経って今、少しずつ日常が戻ってきて、しみじみ言われてじんとする。
ああ、一番の友人、最も親しい仲間。戻ってきたと今更実感したようで、そうだな、と感慨深く返してやる。

残暑が教室を蒸している。
ようやく部活の無い日、他愛ない会話の先に、先ほどの言葉を置いた佐久間。
正直、胸が跳ねた。

薄々と長いこと思っていたことだが、大好きな友人という枠を、佐久間は越えていってしまった気がする。だからといって明かす気もなければ、どうしようと考えることもなかった。
特別になってしまったかもしれない好意を、気付いたと同時にしまっておくのが正しいとわかっていた。

「空港でも話したけど」
「うん」
「背が伸びたな。びっくりした。うらやましいよ」
「佐久間だって伸びただろ」
嫌味か?と笑って拳で肩を軽く突かれる。
「1人でかっこよくなっちゃってなあ」
無邪気な笑顔。
本当にゆっくりと話すことが無かったなと思う。
「おい。世界一になった方が、どれだけうらやましいか」
そっかあ、なんてふざけた口調で言っている。
いい奴、かわいい奴、強くて、かっこいい奴。
佐久間に対して人として憧れがある。後ろ暗い思い無く純粋に。
「おれらは毎日一緒にいたからお互いの変化がよくわかんなくて」
佐久間は言いながら、何か珍しい物でもみつけたように源田の首に指をのばしてきた。
「な、んだよ」
反射的に身を引くと、両頬に空気を込めて膨らます。これも久しぶりに見る癖だ。
「動くなよ。さわりたい」
ばく、と、心臓が痛んだ。
わかってる。意味は無いのだと。

源田は硬直して、佐久間の行動を見守った。
眼球以外動けないほどに緊張していた。

くっ、と、喉に指先がかかる。

「…佐久間?」
皮膚を押される軽い圧迫が、たぶんそれだけではないが息を辛くする。
「のどが」
ひと夏離れ、この少年に対するよこしまな所が、綺麗になったと叫んだ。
一挙一動に、ほんの仕草に射抜かれる日々を幻のように感じ始め、うまくいけばこの霞のように掴み難いのにありありと存在する、中途半端な心が落ち着くのではないか。それは空港で彼を迎えるまでの儚い期待だった。
抗えないのだな、とまざまざ知って、
綺麗になった、綺麗になったと叫ぶものを圧し殺していた。

「の、ど?」
「のどが」

今この時まで。おい、離せ。そう言って手をさりげなく払えたらいいのに。
苦しいだろ、と、平然とこの喉にかかる指を。爪の先まで愛しい、この手を。愛しいのに、刃物に思えるこの爪を。

「……佐久間…」
「のどが、ほら、」
「………」

首に注視していた佐久間がぱちりと視線を上げた。かちあって息を飲む。近い。
もう綺麗になった、綺麗だ、と、思う心を無視できない。

「声が変わったと思った…」

なるほどな、と言うよな言い方。何故か少し寂しげに聞こえた。
「…声が変わった?」
「低く…。」
指が喉から離れて、びくりと体が揺れた。気付かれただろうか。佐久間は乗り出していた体勢を戻して椅子に座り直す。
「どんどん変わるんだ」
「……佐久間?」
「うん。わかってるけど」
それから佐久間は体のこと、心のこと。環境のことや、将来の話をした。
変わらずに居られない今をどうしたらいいかわからない。皆どんどん大人になって、今ならば今過ぎるんだから当然なのかな。
少し哲学的。
しかし悩んでいるようでもなく、諦めているというか、知っていながらして、というような言い方だ。変化なら俺だって不安がある。

「源田だって同じ人間じゃないんだから、俺を置いて背も伸びるし声だって変わる」
「…何が言いたいんだ?佐久間」
「ちょっと淋しい」
「…………」
「………」

羨ましいとかずるいとかじゃなくて、淋しい、と言った佐久間を非常に可愛らしく、愛おしく感じる。
佐久間はもう一度、今度は確かめるように源田の喉に触れた。その指が冷たい。

「……そのうち知らない声になるんだね。そのしるしなんだから」

源田は黙って佐久間を見ていた。時々喉の触覚に鋭いものが走る。爪だろう。
黙ったまま、佐久間の首に手をのばす。佐久間は動かなかった。
柔らかい皮が指をゆるく弾き返す。まだ美しい喉。知らずに感嘆の息がもれる。

「少し苦しいよ、源田」
「…自分の声はわからないけど」
「………?」
「お前が惜しいと思うなら、憶えていて」


惜しくない。俺は声なんて。

源田は喉に当たる佐久間の指が、爪が、劍のように思え、本当にそうでもかまわなかった。

その刃に裂かれるならば、この上もない歓喜である。







2011.03.31







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