※ 鬼道と雷門と帝国
※ 時間軸は二期後くらい




灰の轍
【Rut of ash】



悪者になるのはあんまり好きじゃない。性格かな。
でも恨まれてると思う。過去の対戦相手とか、過去のチームメイトとか。

「鬼道、この携帯お前の?」
「ああ。ありがとう」
「機種変えたんだ。番号とか変わってない?」
部活の後、帰り支度を終えたところで風丸に呼び止められた。ベンチに置き去りにしていた携帯電話を持ってきてくれたのだ。
「変わってない。変えたのは機種だけだ」
「そっか。いいなぁこれ。最新のやつだろ」
風丸は感心したように機体を眺めて鬼道に渡す。
「使いやすいがまだ慣れないな。変えたのをつい忘れて前のを探したりする」
「あはは。わかる。よくやる」
受け取った携帯電話を握ったままポケットに手をつっこむ。真新しいつるりとした外装が手のひらに心地良い。
「ストラップつけたら?」
「ん?」
「前の携帯につけてたやつを新しい方につけるの。忘れなくなるんじゃないか?」
「…なるほど…ストラップね…」

以前に使用していた携帯電話は帝国に居た時からのものだ。長いこと使っていた気でいたが考えてみれば1年ほどしか使っていない。ただ出来れば帝国のことを…
忘れることは出来ないのはわかっているが、忘れたい。

罪悪感ならある。帝国でのチームメイトや学友たち。何の連絡もとっていない。今さらという気も起きない。
吉良の事件が落ち着いて、考えることといったら共犯の元監督、利用された元チームメイトのことばかり。憂鬱だった。あの時は申し訳なかったと心底思った。悪いことをした。自分は非情だったと反省し、彼らに詫びる気持ちにもなった。
しかし影山の存在は、自分にとってあまりにも暗い。見たくもない嫌悪、怒り、不信、疑心…
事が落ち着いた今だからこそ感情が先立つのかもしれない。裏切ったつもりはないのに、ひどい言い草だったではないか。正常な状態ではなかったとしてもあんまりではないのか。あんな男に協力するぐらいに、そんなに憎いか。怨めしいか。
一人そう思っては拗ねるような気分で居た。
しかし後の再会には誰も自分を責めなかった。それどころか後押しされ、救われた気持ちにさえなった。気構えていただけ拍子抜けだ。
特に佐久間などはまだ歩けない体を辛い素振りも見せずにいて、それを気遣う面々を見ていたら、帝国に居た頃のチームの良さをひどく懐かしくさせてくれた。

愚かだった…

結局自分は影山を師とあおぎ何の疑いもなくどこまでもついていっていた自分の浅はかさを恥じていたのだ。誰も悪くない。ただそれをも責められるような気で居て遠ざけていた。
罪悪感ならある。あるからこそ、再び親しむのは恐ろしかった。

ここまで自尊心が高いことも恥に思う。
許され、誤解も解けたのに、それなのにまだ忘れたい思いがある。情けない。


「あのストラップかわいかったよな。お守りみたいなやつ」
「…よく覚えてるな」
風丸が言っているのは帝国のレギュラー全員で購入したものだ。所謂“お揃い”。一番帝国を思い出させてくれるものだ。一番つけたくない。
「あれ佐久間の携帯にもついてるの見たんだ」
あ、見舞いに行った時な、と付け足して続ける。
「後から来た源田とか、あの…MFのやつ…えーと…成神?も持ってて」
「ああ。皆で買った」
「やっぱりそうなんだ。なぁウチもやろうか。ウチは部員少ないから全員でできるぞ」
風丸が佐久間の見舞いに行ったなどとは、一切知らなかった。個人的に親しいのだろうか。
「円堂と一緒だったんだけど、円堂も乗り気でさ」
「円堂も行ったのか?…」
「え、うん。マネージャーにお願いしてもいいかなとか話してて…鬼道?」
「あ、いや…」
もしかして、みんな行ったのだろうか。
鬼道は佐久間の見舞いに一度も行っていない。退院後に会った時には気にした様子もなかったし、忙しかったのだから当然だと思っていた。

風丸とは適当に話を合わせて別れたがどこか心配そうな顔をしていた。
彼は何も言わずにいてくれたが、心あらずがばれていただろう。




自分はひょっとしたら、本当に、本当に非情な人間で、自分で気付いていないだけで、おそろしく性根の冷えた奴なのかもしれない。
鬼道はその考えにとりつかれてたまらなくなった。

雷門も帝国も、誰も帝国に戻らないのかとは問いかけない。みんな疑問に思うことなく意思を理解してくれているのだろうか。帝国に戻るつもりは全く無いと。
…裏切るような罪悪感…
無いと自分に言い張ってきたが、事実はしかと存在する。裏切ったつもりなんか無い。だから裏切りじゃない。なんだこの言い訳は。何の道理も通らない。
これを源田や佐久間や帝国の皆はあっさりと受け入れた。ひどく大人に思える。そして自分は子供に思えた。
俺は正しいと、虚勢を張れ!
己の態度が心を苛めているような気がした。



「鬼道!」
駅の前だった。誰に呼ばれても不思議はなく、警戒心も無く振り向いた。
「円堂、…1人か?」
「いや…おれ追い出されちゃってさ…はは…」
苦笑いを浮かべ頭をかく円堂の背後にあるのは花屋だった。中学生が花屋を追い出されるとはどういう事態だろうか。
「風丸と豪炎寺と、源田が中にいるんだけど」
「…源田?」
ぎくりとしてつい訊き返す。円堂はけろりとしたものだ。
「今日さ、佐久間が検査入院で、二泊だけだって言ってたけど見舞いに」
あ、知ってるよな とそこで説明が止まる。もちろん知らない。まだ治療が続いていたのか…
「そういえば…今日空いてるかと訊かれたのは」
「ああそう。一緒に行こうと思ったん」
円堂が不自然に言葉を切る。
「円堂?」
「あ、いや、えーとはは……」
目が激しくあちこちに泳いで、鬼道の勘が働いた。

今日空いてるか、と、確かに訊かれた。昼休みのことだ。しかし先約があったので質問の理由も特に聞かずにそれを告げた。円堂もそっか、とだけ言うと行ってしまったので個人的で大したこともない用事と思った。
その後で、知らないところで、何があったか予想がつく。自分を誘おうとしたことを誰かに咎められたのだろう。
穏やかでないな、と思いながら、虚しさと不思議な怒りを感じる。はじきにあったような気分だ。いや、実際そうか。今回だけの事だったとしても、それは確かだ。

「……ええと…鬼道?」
「なんだ?」
「円堂悪い、待たせたな!」
円堂の言った通り、風丸たちが花屋から出てくる。鬼道は落ち着いていた。
「風丸。豪炎寺。…源田、久しぶりだな」
やはり、と思う。
風丸と豪炎寺は一瞬顔を強張らせた。源田は驚いた表情を浮かべたが、単純にここに鬼道が居ることに対しての驚きに見えた。
「久しぶりだな鬼道。学ラン姿、初めて見た」
口元に手を当てて笑っている、その反対の手には篭に飾り付けられた綺麗な花が抱えられている。
「…見舞いだって?」
なんと出ていいものか戸惑っているように見える円堂たちと、気兼ねない源田。
「ああ、そうそう。佐久間のな。鬼道はこれから食事会だって?大変だな」
「見舞いに行けないのは残念だ。佐久間によろしく伝えてくれ」

…今は…、帝国の者への後ろめたさより、近しく、親しいと感じていたはずのチームメイト達への不信感が勝っていた。
こうなればあんなに避けたいと思っていた源田とさえ、こんなに自然に話せる。
「うん。伝えておく」
「ああ、じゃあまた」
「鬼道、」
「また明日な」
風丸に呼ばれたが、愛想よく手を振ってその場を離れた。

最低だ!



駅からのろのろと走り出した電車から、やがて病院が見えてきた。

一度だけ、車椅子の佐久間を取り囲む皆の写真が送られて来たことがある。騒がしい声が聞こえてきそうだった。
口を覆って笑う佐久間を中央に、顔を崩したりピースサインをしたりして賑やかな病室。
文はたった一行の、『皆元気でやってるからな』



………俺だって…

「心配してる……」

言い聞かせるような情けない声が車内アナウンスにかきけされる。
何かを見失いそうな、焦燥感が沸き上がってくる。
駄々をこねているような気がしてくる。

難しいな……
戸惑う円堂たちの顔が浮かぶ。高圧的であったように思う自分の振る舞いはわかっているが、向こうだって悪い。ひどいじゃないか。
そう思うと鬼道は無性に腹が立ってくる。こういう時はたいてい自分を棚に上げて考えてしまうものだ。イライラして胸くそ悪い。
ひどい、ずるい、あんまりだ。
ハアッと大げさに息をついて、頬杖をついて外を睨む。大きなカーブの線路を渡り、そろそろ病院の前を通る。


鬼道は考えた。
…これを、帝国のみんなは許したのだ。
あっさりと、いとも簡単に。

勝手に雷門に転校した自分を思えば、
帝国のみんなは今自分が感じているもの以上の疎外感や喪失感を、裏切られたような気分を、…

…この、言いようもない、さみしさを………




夕日が病室の窓を一斉に煌めかせて、電車はそこを過ぎていった。


会いに行こう、と思った矢先、
資格があるのかと頭蓋に響く。




2011.05.14






***

モヤモヤする鬼道さん。
どんなに頭が良くても中学生だからぐらぐらするやろ!と思って。


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