たった3日でも、嬉しい。

灰色の海を航りながら、霧があがる島を振り返る。
朝一番の便で港を出てきた。今の時期本州に渡る人は少ない。里帰りの群を逆さに進むような今日になる。
少しずつ貯めていた貯金をおろしたが、交通費には足りなかった。
『金が足りねえ』
一週間前だ。
鬼道に電話をかけると、相手の応答も聞かずにまず言った。
『……不動?』
『あのホラ、アレアレ。年末の話だけど』
『うん』
『金が足りねーんだ。
行けねえよ』
親に頼む、という発想は、不動には全くないのだろう。鬼道はそれを訊かなかった。
『交通費も宿泊代も協会が出す。安心しろ』
『それはわかってるけど建て替え分もねえんだよ』
冷静な報告だったが、不動は少し早口だった。言いたくなかった。こんなこと。

行けないなんて…

気付いてからは悔しかった。みっともない考えだと思いながらも、金の無心が出来る相手が居たら…
やはり、こうか。
うまくいかない自分。楽しいこと、嬉しいこと、正しいこと。世界の明るい部分に居られない。
2週間考えて、結局どうしようもない事態を鬼道に報告した。

『…なら貸そう』

ぼや、と耳に届く、受話器からの声。
『…かそう?』
『金だ。貸してやるよ。そこからここまで、どれだけ必要だ?』
『……あ?』
鬼道は早かった。
移動の手段を調べ上げ、金額を計算するとチケットを購入。速達で送るから住所を言え。あっけにとられるままに答えると、よし、じゃあ郵便局に行ってくる。ガチャン。

感謝はしてるが…
心境は複雑だった。同い年の友人に金を借りるなんて情けないし、まさか言いはしないだろうが、円堂たちに話されたらと杞憂も募る。地味な心労。でも感謝はしてる。それは間違いなく。

船で、港で、バスで、空港で。
不動は仲間を想った。もうすぐ会える!叫びそうに浮かれながら、はしゃぐとろくなことがない運命に遠慮して、ひたすら静かに移動した。

『楽しみでさ、不動には会えるのかなと思ったら…』

約ひと月前の佐久間の言葉を思い出す。
自分に会いたいと思ってくれる人が居る…
飛行機に乗るといよいよそれから1時間程で東京だ。空港には協会の車が迎えに来ると聞かされていた。出るべきゲートを間違えて多少迷うが無事に車を見つけて近付いた。たった1人にリムジンか…
しかも中学生の子供のために。やたらと柔らかく湿っぽい皮のシートに腰かけると車はゆっくり動き出す。緊張していたものの、車内というのにほとんど揺れず走行音も静かすぎることが逆に不快に思えた。二度と乗ることは無いだろうが、二度と乗らなくていいと思った。

会場は意外な場所だった。
「本当にココ?」
思わずトランクから荷物を下ろす運転手に問いかけるが、無愛想にそうですよと返されただけだった。
ここは帝国学園じゃないか。
軍事基地のような外壁。要塞のような校舎。どう見たって祝賀会にはそぐわないだろうに…
無愛想な運転手の先導で校舎に入るが人気が無い。祝賀会は明日の夜7時から。準備に賑わっていてもおかしくないのにな。照明は煌々と照っているが寂しい廊下だ。かつんかつんと足音が響く。不動は少々不安になったがおとなしくついて行くことにした。
歩いていった先の扉を通ると急に雰囲気ががらりと変化する。豪華な調度品や絵画が並ぶ廊下。まるで映画のセットのようだ。足下にはビロードの絨毯が敷かれ、頭上には輝くシャンデリア。なんだここは。目眩がしそうだ。

「不動さん!」

急に呼ばれて運転手の向こうを見ると、いくらか背の伸びた立向居がそこのドアから出てきたところだった。ようやく懐かしい顔に1人会えた。挨拶しようと口を開く間も無くそのドアから円堂やら綱海やら、着せられているだけのタキシードでどたどたと顔を出す。
嫌な予感はしたが、衣装合わせの最中だったのだ。当然不動も避けられなかった。

待ち望んでいた再会は採寸と着付けのごった返しの中で果たされ、疲れはてた空気の中でポツリポツリと囁くような挨拶が交わされていた。
「祝賀会も参加しなきゃなんねぇのかな」
隣で身幅を測られていた風丸に尋ねると、ばかだな、と返ってくる。
「おれたちの優勝を祝う祝賀会なんだぞ」
「……あァ、そうだったな」
「主賓が参加しなくてどうするんだよ」
協会の大晦日パーティーの余興で試合をやるくらいの気持ちでいたが、主賓と言われると自覚が足りなかったようだ。電話で佐久間に世界一だぞと笑われたのを思い出した。
思わず、ふ、と笑みがこぼれる。
「ん?どうした?」
「あ、いや…佐久間が」
「佐久間?」
「…佐久間にも言われたんだ。おれたち世界一なの、忘れたのかって」
「ええ?はは、自覚無いのかぁ?不動」
そういえばまだ佐久間には会ってない。鬼道も見当たらないし、今日は会えないのかな。
「…どうした?」
周囲を見渡すがやはり居ない。
「さ、…鬼道たちは」
「ああ、このあと来るだろ。あいつらは衣装合わせいらないだろうからな」
「ああ…なるほどね…」

そう言いながらも出入口をちらちら気にする不動がおかしい。しかしそこをつつけば怒るだろう。
風丸は顔を背けると、満足そうに微笑んだ。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -