※ 源田と佐久間
※ 幼なじみじゃない



大衆娯楽に涙。
嘘っぽい。
作られた、泣け、と仕組まれたものに流す涙など偽物に違いない。

源田の考えは頑なだった。

佐久間次郎はクラスメイト。同じ部に所属する、親しいと言える友人。
暇があればどちらかを訪ねていって、授業の復習に励んだり、部のことを話し合ったり、ただたらたらと過ごしたりする。
お互いに人としてタイプというものが違うのがわかる。だが妙にうまがあって、何をするにもまずは一緒で、2人でいるのが丁度良かった。
仲がいいよな、と言われれば、照れるのだけど嬉しかった。

今日は映画を観に来ている。
実家の近所に古い映画ばかりを上映する、古い劇場がある。時々ふらりと訪れて、どうやら道楽でやっているらしい老いた主人と話をしたり、音の割れたモノクロの映画を観る。
これは誰にも話したことのない趣味だった。
大事に思う場所だからこそむやみに人に話すのは嫌だったのだが、とうとう話してもいい、話したい。連れていってあげたいと思う人に会う。
それが佐久間だった。
不思議と趣のあるというか、奥深いようなものを感じさせる空気がある。それなのに透明。返してしまえばつかみ所が無いとも思えるが、腹の底がすくえないというわけでもない。
容姿も変わっている。
右目を眼帯で隠している理由も、一切の白髪も、聞く度に飄々と違うことを言う。左右で瞳の色が違うとか、右目だけが色素異常だとか、色盲だとか。
ふざけているのだか堂々とはぐらかしているのだかもはっきりはしない。
でも、明かされなくても、源田は佐久間が好きだった。
秘密ごと、好きだと思えた。
喜んでくれるのではないか、自分が愛する場所を、慈しんでくれるのではないか。佐久間にはそういう期待をしていた。
そして、今日の反応を見て、間違っていなかったと思えた。
老主人との感じの良い会話を聞いて、ますますこの友人を大切に感じた。


「源田って変わってるよな」
席についてからくすりと笑われた。
その笑顔がどこか色っぽい。
「変わってる?佐久間に言われたくないな」
「そう?褒めてるんだけど」
ほら、変わってる。普通褒め言葉として“変わってる”なんて使わないぞ。
「こんな所を見つけて、いいと思って入ったんだろ?中学生の発想かなぁ」
くすくす笑う上品な姿を、薄暗い劇場の中で吸い込まれるように見つめた。

佐久間のことは、とても好きだ。

だけどその“好き”が、
時として、ゆれる。
この頃それを感じている。
不安になる。
変わった容姿はしているが、この子はとても綺麗だ。
特級の芸術品みたいに感じたり、地を蹴り猛然と走る獣のような美を感じることもある。水みたいで、氷みたいで、火にも思う。

さわりたくなる。



この日上映されたのは、半世紀も前のフランス映画だった。
これだけ席が空いているのに、間をつめずに隣に座った。彼は少しも不審がらずに、小さな売店で買った塩のポップコーンを差し出して微笑んだ。
下心がある。
それを見た瞬間、俺は静かに打ちのめされていた。

俺の中に、下心がある。

隣に座ったのは何も考えずにしたことではなく、まして菓子が欲しかったためでもない。
それこそが理由だった。
隣に座りたい、それこそが。
かっと顔が火照った時、証明が消え、ブザーが鳴った。
白黒の画面がちかちかと佐久間の体を照らしている。
俺の意識は画面には無かった。再生されているのは、自分たちの毎日だった。
勉学に励み、部に励む。その毎日の中の一体どこで、こんな顔向けできない事態が生み出されたのか。蓄積されてきたのか。
ちらちらと、佐久間の姿ばかりを思い出す。
あまりに鮮明に思い出せる姿にぞっとした。認めざるを得ない。
不誠実を持って、この子を見ている。
気付いてしまった事に目を反らせないほど、その事実は強かった。
下心。
自らの脳で閃いておいて、なんて生々しいのだろうと思った。
苦々しいものが喉を往き来している。源田は冴えぬ目で目下の佐久間を盗み見た。

佐久間は映画にうたれたのか、静かに泣いていた。

心が洗われるような姿だった。


手をとって、指を絡めた。
少し握って、黙っていた。

佐久間は拒まなかった。



「これ、なに?」
上映が終わって佐久間は涙を拭いながら源田に訊いた。これとは握られて絡まっている手である。
「……なんか?」
「なにそれ」
笑っている。源田は指に、力を込めた。
「……つい」
「つい?」
「いいわけなんか、無いよ」







2011.08.22



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