※ 源佐久
※ 年齢操作・捏造氏名他注意




ワンダーガール
【 Wonder girl 】




俺の恋人は時々、魔法を使う。

彼女に落ちたあの時も、魔法か呪いにかけられたのではないかと思うくらいに夢中になった。まさに虜。

魔法が使える。きっと、絶対。


恋人として成り立った時分を詳しくは憶えてない。大事なことなのかもしれないけど、あれは自然の摂理というか、宇宙の法則というか、そういうものだ。
俺が彼女に惚れずに居るのは、重力に逆らうより無謀なこと。彼女の為ならなんでもできる。これが恋するあほうの姿だ。
一応硬派で通ってるんだぜ。世論とあほうのギャップのひどさがいつも仲間の笑い種。


高校を卒業してすぐ国内プロチームに入ったが、ずっと一緒だった佐久間は進学した。
プロになったら、いや、卒業したらすぐにでも結婚を申し込もうと決めていた。せいでいたのではなくて、一緒に居たい、それだけだった。
しかし佐久間が大学に進学し、それは流れる。難関の大学に合格した彼女に、家庭に入ってくれ、なんて、どうして言えよう。
幸い親戚のように付き合ってきた家族間の仲が同棲を支持してくれたので、現状、満足。

幼なじみだった彼女は、妹のような弟のような女の子から、輝くような少女に成長し、美しい恋人になり、女になった。
木登りとサッカーが大好きで、年中日焼けしていたおてんばなあの子が、誰にも羨まれる自慢の恋人になろうとは。

魔法のようだ。



「食べたくない」
「……?好きだろ?」
久々に出掛けた外食で、ただこどではない程の不機嫌を顔に表して呟いた佐久間。源田は驚いた。彼女は好き嫌いなんて無いのだ。
「…嫌いじゃないけど…」
「うん。好きだよな、これ」
「でも嫌。食べたくない。今日は嫌。だめ」
立派に盛り付けられた料理に顔を背ける。その姿に驚愕する。食べ物を粗末にするなんて普段の彼女からすると考えられない。
「食欲無いのか?」
「…いや……
お腹は減ってる。でもこれは食べたくない。どうしても…」
本人も不思議そうな面持ちに見える。理由も特にはっきりしなかった。
いつもわがままなど言わない彼女なので許容したが、本人さえも腑に落ちないような態度だったのが気にかかる。
「病院、行ったらどうだ?」
「え、大袈裟だよ。ちょっと気分じゃなかっただけ、…とか…じゃないか?」
自分のことなのに疑問符を飛ばす佐久間。
どうも気になる…

普段の佐久間からありえないことであったため、源田はこの時からしばらく佐久間の様子を注視した。
例えば何か悩みなどがあるなら気付いてやりたいし、力になりたい。彼女は昔から人に頼るのが苦手なために気付いて無理矢理聞き出すくらいのことでもしなければ弱音や悩みなど吐かないのだ。心配していた。

何か他に変わった言動は無いか気を配っていた源田だったが、この、食事に対する困った癖だけがしばらく続いた。
他は特にかわりない。
しかも、特定のものが食べたくないということで、食欲が無いわけではない。急にわがままになってしまった彼女を叱るのは簡単だが、佐久間自身も不思議に思うこの現象を、2人でどうしたものか考えてもわからなかった。
しかし佐久間の拒否は強い。
食べたくないものは、なにがなんでも食べたくない。本人がどんなに食べようと努力しても、ああ、やっぱりだめ、と口に入れることさえできないのだ。
「なんなんだろうな」
「わかんない……好きなんだけど食べたくなくて…」
「おかしな矛盾もあったものだなぁ…」

真剣に困っているのは確かなのだが、わがままを言う佐久間が可愛く思えてしまう自分に渇を入れる毎日。
イヤッ、と顔を背けるのが、子供みたいで可愛い。
たいていの男はわがままな彼女には嫌気が差すし苛立つものだ。しかし源田には佐久間が可愛くて仕方なかった。
これも彼女の魔法かもしれない。


しかしそんな事も言ってられない事態になってきた。
「おい、そんな…偏食」
『だって……』
源田はチームの強化合宿と他チームとの練習試合のためにこの1週間家を空けている。
「本当にそれしか食べてないのか?体壊すぞ」
『だってぇ〜…』
声を聞きたくなって我慢できず、禁止していた電話をついかけてしまった。
すると佐久間の第一声は、どうしよう、という泣き言だった。
例の好き嫌い癖が高じたのか、今度はあるものばかりを食べたくなるという実に体に悪そうな食生活になったらしい。そして例のごとく、食べたくないものは絶対に食べられないらしい。
「無理にでも他のも食べろ。口に突っ込んで味わわずに飲みこんでしまえ」
『無理!吐いちゃう』
「はぁ?大袈裟な……」
『大袈裟じゃないもん!とにかく無理!』
「……吐く……」
『……源田?』
「あ、いや、悪い。うん、そう、そうか。…そうか」
『…?なに?』
「いや……」
『?』
「とにかく、来週帰るから、病院行こう2人で」
佐久間は1人で行ってくる、大丈夫だと言い張ったが、源田も全く引かなかった。自分が戻ったら2人で行こうと言ってきかないので、余程心配してくれているのだと佐久間は折れた。
「…ん、わかった」
『うん。じゃあ、くれぐれも体に気を付けて。2人で行くんだからな』
「うん。源田も、怪我しないように頑張ってね」
『ああ。お前も、本当に、気を付けてくれ。本当に』
「はは、わかったよ。じゃあな」
『ああ。じゃあ…』

ばかに念をおす源田を妙に思ったが、言い付け通りに佐久間は体に気を付けた。
風邪をひかないように気を配ったし、夜更かしもしなかった。食事はやはりバランス良くとはいかなかったが、抜くことだけはしなかった。
しかし。

「ただいま」

チームの仲間の間では、源田の恋人・佐久間は有名だった。可愛らしく美しく、かつお見送りにお出迎えの常連である佐久間は目立つ。それで今日は来てないな、なんて嫌味ったらしく言われたが、来ないことは連絡を受けてわかっていた。

佐久間は具合がすこぶる悪い。

「おい大丈夫か次子」
「……じゃない。おかえり。行けなくてごめん」
「ただいま。気にするなそんなこと。それよりひどい顔色だ」
「うう〜……きもちわるい…」
ソファーに寝そべり唸る恋人。顔は青いし辛そうだ。
源田は腹に手を乗せて、労るように優しく撫でた。
「…あ…手、きもちい。あったかい…」
「なぁ、生理来てるか」
「…?…いや、…あ、そうだな。予定日先週だったけど」
意図のわからない急な質問に佐久間は首をかしげながら答える。しかし源田は実に真面目な顔である。
「………なあ」
「ん?」
「妊娠」
「……ん?」
「吐いたんだろ。それたぶんつわり」
「………え?」
「食べ物の好みが偏るのはもっと後なはずだけど、あれもそうだったのかもな」
「え?は?なに?」
「だからお前たぶん妊娠してるんだよ。妊婦。お前今妊婦なの」
「………えっ」
「まぬけ」

まさに間抜け面の佐久間に源田は突然口付けた。
放心しているせいで反応が無い。2週間ぶりのキス。つい激しくなってふと止まる。そんなことは無いだろうが、腹の子に悪いのではという考えがよぎって離れた。
佐久間はまだ放心している。
「おい」
「……にんしん」
「おめでとう」
「……まじか…」
「まぁ、予想な。たぶん当たってるけど。
病院行こう。準備しろよ」

ああ、それで2人で行こうと言い張ったのか。

これであの主張に合点がいった。源田は気付いていた。電話の会話だけで気付いていた。
一方自分はこの腹に、まさに原因を抱えながら、不思議な体調変化に悩んでいた。なんという抜けた母だ。自分に呆れると一気に冷静になれた。
できるだけ楽な服装を選び、保険証と財布、携帯電話だけ持つ。

「よし行くか」
「うん」
「お、なんだ落ち着いてるな。実感沸いたのか?」
「…うーん…実感というより、納得したというか」
「はは、そうか。じゃあ次子。結婚しような」
靴をはかされながらあっさりと言われる。驚かないのはもしかしてまだ混乱しているんだろうか。
「…うん」
「診察が終わったら、役所行って飯食おう」
「うん」
「お前やっぱり、魔法使いだよ」
立ち上がった佐久間の腹に、源田はキスして手をとった。
「まほうつかい?」
「うんと可愛がるよ。お前も子供も」
「また子供扱いして」
「子供だろ、未成年。
もし妊娠してなくても結婚はしような。うんと可愛がるから」
「もう、また」
ひざまづいて手を取るこの最愛の男が、急に夫にかわるのだ。
しかし戸惑いは無かった。

「90%間違いなく妊娠はしてる」
マンションのエレベーターの中で源田は言った。
「なんでわかるの?」
「うーん…父親の勘?」
「居る気がする?」
「たぶん女の子」
「そんなことまでわかるのか?」
自分の平らな腹を見下ろして佐久間は不思議そうな顔である。てんで子供に見えるその素振りが可愛くて、幼い頃の彼女を思い出す。
「お前に似ればいいな」
「えっ…そ…そうかな…」
自分でもおてんばだった記憶があるなら引き継がれるのは嫌なのか、佐久間は微妙な顔をする。
「かわいかったぜ?子供の頃」
「…ええ…?そうか…?」
「明るくて優しくて、可愛くて自由で。
これ以上は望めないだろう?」
「………」
「お前は妹みたいだった」
「…うん」
「小さくて、一生懸命ついてくるのが本当に可愛かった」
「……、あ、ついたぞ」
佐久間は真っ赤になったまま、エレベーターホールにそそくさと出ていく。変わっていない。照れ屋な佐久間。
「妹から、気になる女の子」
「え、その話続くの?」
駐車場に降りると源田はまた話し出した。
「気になる女の子から、かわいい自慢の恋人」
「もう…いいから、車の鍵…開けてよ」
「今度は妻。そして母か」
「………」
「そうやって変身してきた。
お前は魔法使いなんだ」

がこ、と車の鍵が動く。


「俺は魔法を使えないけど」
「………」
「お前は幸せにしてやりたい」
「………」
「行こう」

無言でシートに座り、源田は、
前を向いたままそれだけ言うとエンジンをかけた。
佐久間もまた黙っていたがどうしても涙が止まらない。

もし本当に魔法が使えたなら、
泣いたりせずにありがとうと、ちゃんと言える。
伝えられるのに。






2011.07.17







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いく様 からのリクエスト「源佐久♀妊娠ネタ」です。
本当に大変お待たせいたしました。一番にいただいたのに…とろくてすみません。もしかしたらティーンズ文庫的な展開の方を期待されていたかしらと思いつつ一応のハッピーエンド?に。してしまいました。(当サイトの源佐久のパターンでいうと主従なしの幼馴染みです)
返品もちろん可ですので…

リクエスト本当にありがとうございました!
本当に…本当にお待たせして申し訳ありませんでした…



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