※ 源田と佐久間(捏造氏名)
※ 年齢操作(小学生)他注意






どれぐらいこうしているだろう。
ひとことも発することのない女の子が、恨むような目で外を睨んでいる。

汽車は、今に何処を越えるやらわからない。

一度だけ谷が見えた気がした。外は暗く、まちの灯りが線を引くように過ぎていく。

一緒にいよう。できるだけいよう。ここにいよう。
いつか、18か、もっと大きくなった頃、
この子を拐って家を出よう。
おれはそんなことを考えていた。



夜行の形見
【Keepsake of night train】






次子はおれの御姫様。

本家の直系のお方様で、
お仕えし、うやまわなくてはいけない人。
いつ、そう決まったのだろう。生まれてからか、その前からか、おれたちはずっと友達で、ずっとずっと、一緒だよと、ちかいあった なか なのに、
次子が嫁にいく日が決まって、おれたちはきっと離れるのだ。

昼に本家の祖父殿がおっしゃられたので、次子はかんかんに成って家を出た。次子のだんな様がお決まりだと言って、笑った祖父殿の横っ面に、次子は勇敢にも手を張った。
すそに控えていたおれはあわてて後を追って行ったが、あれあれ、あれあれ、と女中の騒ぐ中誰が次子に心を砕くこともない。

さすがにあきれてしまった。
あれではこの子がかわいそうだ。


次子は白いワンピース。白い上等なサンダルをはいて、わなわなと震えながら涙をこらえて惜し気もなくに闊歩する。
蜃気楼の立ち上るねずみ色の道路を踏んで、青々とした空の方に向かっていくような坂の下から、
おれはようやく次子を呼んだ。

『幸次郎、来ては、だめ』

確かに言われたが、おれは次子と手をつないだ。もう一度、一緒にいようと言った。
どこかへ行こう、とも言った。


やがて深夜だろう。

夜行の寝台列車では、この車両にはおれたちだけ。おれは貯金箱を開けて、次子を拐った。

まだ、11歳。


わかってる。大人には敵わない。
この列車が駅に着いたら、家の大人が待っていて、
叱られて、仕置きをくらうのだ。でもいい。それでもいい。

次子はずっと外を睨んでいて、そうやって涙をこらえているのだと思う。
次子の兄様は一昨年の夏、余所からお嬢さんをいただいて、祝言をあげた。
次子もおれも、ずいぶん反対したものだ。
兄様には好きな人がいて、その人も兄様を好いていて、それをおれたちは喜んでいたのに。どうやってか家が兄様を無理矢理に結婚させたのだと、まだ納得のいかない事だ。

"わたしもどこか余所へ出されるのだ "と次子がさめざめ言ったので、
"余所がおれならいいだろう"と伝えた。

行くと言ってくれたので、それを守るつもりでいたのだが、昼間の祖父殿の言葉なら、すそに居たおれにもしかと届いた。
しかし、ああ、ついに。と思い、がくりと意気の下がっただけで、ならば初めから次子をもらう気など諦め半分だったのだろうと、汽車に乗ってからようやく思った。

だから次子がこうやって、当主である祖父殿に楯突いて声にも成らない程に悔しがっているのは、
もしやおれの為なのだろうか。

手をつないで、駅まで走った。うんと遠くに行けるように、色々な電車に乗って、今が最後の発。駅員にじろじろと見られたけれど、次子を後ろにかばって乗った。
ぼくら、2人だけかい、と訊いてきた車掌に、炭酸の飲み物をもらった。
身の上を話しはしないのに、ははあ、かけおちかい、と図星を指され、馬鹿にされるか、あきれられるかと何も答えずに黙っていた。
車掌は次子とおれを交互に見て、立派立派、と笑って去った。

あとは来ない。
ふたりきりだ。


「次子」
「………」
呼んだだけで顔がまがった。
頑固に真横を向いているのだから、よほどの思いでいるのかもしれない。
「次子」
「……、…」
頬杖をついていて口は指に隠れている。だけどぎゅっと結んだようで、筋肉が動いたのを見た。
「なぁ、次子」
「………」
とうとう、もう長いこと我慢していたのだろう涙が垂れた。そうすると止まらなくて次々に落ちてくる。
次子は険しく睨んでいた目を、ますますきっときつくして、どんどん赤く、鼻先も赤く、とうとう止められない涙に腹が立っているいるようにも見えた。

「わたしは、…」

次子の声は細くて蚊の鳴くような音だ。うん、と答えて続きを待つと、やっとといったような様で、顔と体をこちらに向けた。
「わたしは、」
もう一度言う。おれは、うん、と答えて、がたんがたんと鳴る線路より、ずっと小さい彼女の声を聞き逃すまいと気を張った。

「…こう、…うの、……」
「うん」
「…、……、……に…」


おれは次子の隣に移って、夏なのに冷えた右手をにぎった。それからその手を離して、今度は右手で右手を掴み、左手で次子の頭を撫でた。
滅多に滅多に、それはもうほとんど全くと言うほどに泣かない次子が、
うわあと泣き出すのは驚いたが、おれは嬉しかった。

"わたしは幸次郎のおよめに行くのに"

次子はそう言って、泣いた。
小さい頃はさして変わりのない上背が、この頃ではうんと過ぎ、次子は小さな女の子だ。細くて、軽くて、小さな次子。

おれは拐おうと思っていた。

あれより一度も言わなかった結婚の約束など、いずれ薄まるしだいたいが夢のようなわがままだ。おれはそう思っていたのだ。
でも次子は違った。
本当におれのところに、嫁に来るのだと決めていたのだ。
叶わなくても。

それがわかったから、18か、無理だったらもう少し大きくなってからでもいい。
次子を拐って、どこか遠くに行って、それで結婚しようと思った。
許されなくても。


「次子、きっと一緒になれるから、もう少ししんぼうしよう。きっと一緒になれるから」

ゆらゆら揺れるカーテンを見ながら、次子の髪を撫でていた。するとふと電灯が消えて、消灯なのだね、と呟くと、次子はうんと頷いた。
守ってやらなくちゃ。
おれは次子より大きいし、男なのだし、何より次子を好きだから、
一緒にいようと言ったことを、約束をちがえてはいけない。
もしかしたら父さんや母さんや、家のたくさんの人たちと、けんかになって、二度と会えなくなるのかもしれない。でも、次子は離せない。

約束をすると、本当は女の子のようで恥ずかしかったけれど、指切りをした。
次子はあまりしゃべらなかったけど、ばかじゃないのだから、大人になって、未来、
きっとおだやかに済むとは思わないのは、同じだったろう。
でも外を見ると月が綺麗で、ようやっと笑うところを見れた。
それで、いけないのかもしれないけど、少しだけ、
キスをした。秘密。
次子は可愛い。
まぶたをなめると、真っ赤になってしまった。

忘れないでおこうと思った。

手をつないで、狭い寝台にふたりで眠ったこと。
線路が時々車体をたたくので、あまりしっかりは眠れなかった夜。
大好きな女の子の恋をもらって、何よりの宝物だと思ったこと。

ふたりの家出、きらきらの涙、電車のゆれ、駅のにおい。
約束、結婚、キス。


叶わなくても、許されなくても。






2011.03.23.





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