※ 綱海と佐久間。ばか。



「一瞬でいいから!」
「ヤダッ!」
世界大会の合宿に入ってから随分経った。予選時のメンバーと本選からのメンバーは少しだけ顔ぶれが違ったが、多くは以前よりの馴染みであり、何より皆妙に気が合った。
「ちょっと!一瞬!ホントに!」
「や。」
「なんでだよ!」
「そっちこそ!」
1日の練習が終わり、夕食も入浴も済んだ静かな時間に突然起きた騒ぎ。渦中は綱海と、珍しくも佐久間だった。
佐久間は“本選からのメンバー”に該当するが、もう一人の本選から参加したメンバーである染岡と違い基盤である雷門、キャラバンチームどちらにも属さなかった、いわば新参者である。認識こそ早かったが、誰もがここまで 近い のは初めてのこと。お蔭で本選が始まってからはやはり元々のチームメイトである鬼道と共に居るのが目立っていた。
しかも本人、どうやら人見知りの気がかなり強いらしく、積極的に人に話し掛けたり輪に入ろうとはしない。
無愛想ということは無いが目も合わせることができなくて、話し掛けるとかっと赤面されてしまうことさえある。それで小さな声でしどもろどろと喋るので、なんだか悪いことをしているような、いじめているような気になってなんとなく申し訳ない。

しかしそんなことを全く気にしないのが我らがキャプテンと綱海である。

司令塔という役割である鬼道とチームの長である円堂。当然会話の回数も量も多い。鬼道にくっついている佐久間にも、何の気兼ねもなくがんがん話し掛ける円堂と、助けない鬼道。曰く“いい機会だから人見知りを治せばいい”。
あの大きなつり目に鋭さを誤解したものの、とにかく佐久間のこの意外性はチームに知れた。それでもまだ話し掛けにくいのはやはり容姿が原因である。
間違いなく同性なのだが、この可憐な姿に怯えに近い反応をされると少なからず胸に堪える。あのようにされては心苦しくもなるし、どうしても可哀想に思えて接触は気が引けた。
そしてこの佐久間の反応に、堪えないのが円堂で、楽しんでいるのが綱海なのだ。

「チラッと!」
「やだってば!」
「0.1秒!」
「やだ!もう、やだ、やめて!」
やめてと言われては喜ぶ綱海。
壁に追い詰められた佐久間がなんだか可哀想になり、風丸が声をかける。
「一体なにやってるんだ?」
「かぜま」
「隙有り」
綱海の体で陰になり見えなかったが、綱海が佐久間に何かした。小型犬が吠えたような声を上げて佐久間がしゃがむ。綱海は笑うばかりである。
「あんまりいじめるなよ」
「いじめてねえよ?」
「嫌がってるだろ」
「可愛がってるんだって」
綱海は足元にしゃがみこんでいる佐久間を見下ろすとにやりと笑った。心底楽しそうな笑顔に佐久間は困惑やら懇願やら複雑な気分のまごついた顔である。
「可愛がってる?悪いがそうは見えないぞ」
「綱海くんも変わってるね」
風丸の向かいの席に座っていた吹雪が笑う。
吹雪の位置からは戸惑う佐久間の顔が見えていた。変わってるね、と言いはしたが、綱海の気持ちはわかる。もうどうにも楽しいのだろう。
「その辺にしとけよ。泣かすぞ」
「ええー?泣かせたい」
「はぁ?よせよなんだそれ」
「ふふ、ちょっとわかるけど」
「吹雪?」
綱海の方に体を捻っていた風丸が信じられないような顔で吹雪に向き直る。
「だって佐久間くん、カワイイじゃない」
「はぁ…可愛い?…まぁ、…」
「だから」
にこっと笑って言われたものの、それが理由になる意味が風丸にはわからなかった。
「なんか佐久間見てるとむらむらすんだよな」
「むらむら?
ばか、気持ち悪ィな」
染岡が笑う。どっと笑いが起きて佐久間はばちばちとまばたきする。大勢に見られている今の状況をやっと把握して驚いていた。
「変な意味じゃねえぞ?
こう…かまいたい…
いじめたい…みたいな」
「変な意味じゃねえか!」
再び笑いが起きて佐久間は赤面した。見られていたことが恥ずかしくて、動揺していた。
皆の前では大きな声を出すのさえためらっていたのだ。逃げるのに必死だったとはいえ恥ずかしい。
しかも綱海の前では自分が幼くなるのも感じていた。
振り返ればやだやだとわめく自分が情けなく思えてさらに顔が火照る。

「それで、綱海くんは何がしたいの?」
しゃがみこんで真っ赤になっている佐久間をにこにこ眺めながら吹雪が問うと、綱海はにっと笑っただけで答えない。綱海にしては意外な反応だ。

「佐久間」

綱海はしゃがみ、佐久間を見た。
「もうしないから」
「…、…うそ」
「しないって」
「……本当?」
「本当。」
「………」
「なんつってな」
綱海は佐久間の前髪を右手で上に勢いよく寄せた。
瞬間、佐久間はぎくっと体を硬直させて、だまされた、という風に顔を歪ませた。
「やぁいだまされたァ」
「…、……、…」
声も出ないのか綱海を見つめ続けた後、今や両手で前髪を押さえている綱海の両腕に手を置いて泣いた。
実際泣いてはいないのだが、周囲は完璧に、とうとう泣かせてしまったと思い軽く焦る。

「、……つっ!つなっ、」
「あははははは!」
「…ひどっ、ずっずるぃ…」
佐久間の声は非難しながら泣いていた。そう聞こえるだけで涙ぐんでいるだけに過ぎないが、よほど驚いたのか抵抗しない。
予想するに佐久間は額を見られたくなくて逃げていて、綱海は無理矢理見ようと追っていたのだろう。

「悪い悪い。
お前可愛いからついいじめたくなって」
「可愛くないしっ、いじ、ぃじめ、な」
「いやがられるとさ、もっとやってあげなきゃと…」
言いながら綱海は突然佐久間の額にキスをした。
当然周囲もざわめけば佐久間も固まる。
「あ、悪い。」
「綱海何やってんだよ!」
「うわ馬鹿だ!」
いつもの綱海の冗談だと、周囲は笑った。しかし本人は少々驚いていた。しようと思ったわけではないのだ。気付いたらしていた。
「うーん…可愛いから?魔が差したみたいな?」
「本物だ!本物の馬鹿だ!はらいてぇ!」
「ちょっと、大丈夫か佐久間」
綱海の突飛な行動に、佐久間はまたしても真っ赤だった。
「あ、はは。悪い。えーと」
弁明しようとするのに言葉は出てこない。それもそのはずである。本能的にしてしまうことに理由もいいわけも無いのだから。
「…、………」
「あの、ホラ、えーと」
わためく綱海に周囲は更に笑ったが、佐久間は急に顔を伏せた。
「あの、な、冗談だって!」
「…ばか」
どん、と綱海を突飛ばし、佐久間は去る。
過干渉はいつでも苦手だったが、それよりも好奇の目にさらされていると感じるのは、何よりも苦痛だった。

軽く押されただけだったが、綱海は体勢を崩しすぐに追いかけられなかった。
「…綱海くん、やり過ぎたんじゃない」
「かもな」
「結局何がしたかったんだ?」
「おでこみたかった」
「はぁ?」
怪訝な顔のままの面々を残し、綱海は佐久間の後を追う。
本当に、長い前髪に隠された額を見たいだけだった。
それであの反応とくれば。

「…からかわれてきたんだろうなァ…」

「おい綱海」
「じゃ、オレ佐久間追いかけるから!」
風丸から説教が飛び出しそうな空気を読んで、綱海はさっとその場を離れる。
「逃げ足の早い…」
「ふふ。賑やかで楽しいね」
「吹雪もフォローしてやれよ」
「えー?綱海君の気持ちもわかるからなぁ」
「あぶねぇなぁ…」



むくれて不機嫌な佐久間をみつける。

普通、どうやって声をかけたものかと悩むものだ。普通ならば。
綱海は見つけても立ち止まらず、そのまま走りよりまずは相手の度肝を抜いた。その勢いのまま抱き上げると、くるくる回って背後に転倒。そして頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「いたっ、いたいっ!痛い綱海!いたいってば!」
「ははははは!」
「やめろっ!もう、っよせ!」
「からかってないぜ」
抵抗していた腕が止まる。
「からかったんじゃない」
「………」
「………」
「…じゃあなに」
突然の真面目な声に戸惑いながら、佐久間は綱海の答えを待った。
「オレお前のこと甘やかしたい」
「……は…?」
「慣れてねぇのが可愛いのな。
めちゃめちゃ撫でたいしわがまま言わせたい。
なついてくんねぇかな。かわいがるぜ」
「……」
「…どうした?」
「……、…ぃ、いぬとか…じゃあるまい、し…」
覗き込むと赤い。
どもる声が余裕の無さを表している。それが綱海にはたまらなく可愛く思えた。
「どっちかっつうと、猫だろ」
「…、どうでもひい」
「あはは!いま声ひっくりかえったな!」

急に従順におとなしくなった佐久間をもう一度強く抱き締める。
「ぐぇ」
「…、よし。」
「……?」
「、よっ!」
「わっ」
勢いをつけて上体を起こす。綱海の上に居た佐久間は、ずるると膝まで滑っていった。
「…いきなりっ、」
「甘やかすからな」
「………」
「可愛がるからな」
「………」
「いいな」
「………」
影になった綱海の顔を、佐久間は片目で見つめかえす。
この面差しは不思議だ。
苛めたくも愛でたくもなる。

「返事は?」
「…、ハイ」
「よーしイイコだ」

わけもわからず返事をするが、綱海が嬉しそうに笑うのを見て、とりあえず間違った返答ではなかったのだと思った。

これから始まる“可愛がる”を知るまでは。













2011.07.24













***


綱にいには無条件で佐久間チャン可愛がってほしいなあ…でもやり過ぎると風丸オネーチャンに怒られる
頭部をホールドするサイドの髪と長い前髪をべろんと上げてよしよししてほしいという
願望



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