どうやって伝えよう。自分にはたったのひとつだって、術が無いように思えた。
形振り構わずに成そうにも、それにしても無為になるような気ばかりがする。

後先ならどうしても、
考えてしまうのだ。


act.01




明治の折より丘に立てば屋根先が森からほんの少しだけ頭をのぞく洋館は、聞けばおそろしいばけものの住みかとか。

ならば私は、行ってみたい。


次子は数えで15になる。
7つの頃より出路に出され、今日までつとめを転々しながらここに上がったのが一昨年の春。
下働きに置かせて頂いていたお館の旦那様がお亡くなりになられ、代替わりの際に出されたので、仕方なく街道を上って街まで来た。田舎に暮らしていた次子にはここはたいへんな街に思えたけれど、なに、聞くに東京に比べれば、楊子の先ほどのこぶりな街だという話だ。
呆れた。ならば東京というのはどれほどだろう。もはやひとつの国ではないの、と次子は思う。

さて次子が勤めるのは街の一番に大きい通りに面しているカフェ。
給仕として店に立つが、見目が悪いので厨房に入りたいというのが悩みの毎日。
旦那様も奥様も、大層に良い方々なのに、こればかりは聞いてくださらない。置いていただいている身分でわがままは言いたく無いのだけど、私の肌はごぼうのようだし、髪も不気味に白いのだ。毎日畑に庭に出ていた頃よりは日焼けも幾分落ち着いてきたけれど、何よりも片目が煩わしい。
次子の右目は隠れている。病気をしたので焼いたのだ。
火傷と潰れた目玉が醜い。次子はそう思っていた。

次子が給仕に入ってから、店の景気は好調だった。
この面では店には立てない、裏方の下仕事をなんとか寄越してくださいませとやって来た次子に、店の旦那は給仕を任せた。
一体何かの間違いだろうと困惑のまま店に立つが、次子を目当ての通いが増えて、居続けるやら外に並ぶやらで街道一の流行り店とまで言われ始めた。

所謂看板娘というやつだ。

醜女と気にして控えめな次子の様子は、慎ましく愛らしく見えた。
ただれた右目は前髪に隠れているが、次子は気が気でないまま仕事に暮れる。目のために髪も結えぬ様は不気味で、きっと幽霊に近いと思い込んで生きてきた。なので己は非凡に美しく、西洋の前掛けなんかが非常に映える乙女なんだとかいうことは、まるきり予想もつかないことだった。
「うちの評判なのか、次ちゃんの評判なのか、いまいちわかんないね」
旦那が茶化して笑ったのさえ、よくわからないような顔である。


勤めて二年になって、店にも街にも馴染んだこの頃。
14歳になった次子はますます出花といたところで、相も変わらず醜い面を気にしていたがそれにつけても悩みがあった。
いよいよ乙女の盛りである。連日手紙やら花束やら珍しいお菓子やらを贈られて参る。ここは安くはない、ひげづらに穴の空いた袴などを穿いている書生なんかには勘定のつらい店だ。それでも次子に花を送るのに財布に痛いお茶を飲んだりコーヒーを飲んだりする。近辺の書生たちには知れた洒落た店だから、茶を飲んだとか通っているだとか、自慢しあうのも目的である。
自分はまだ子供なのだし、日がななんとか暮らしているような貧しいつもりがまだ抜けない。殿方と交際するなんて浮かれていい身分ではないのだという思いもあれば、誰にもときめきを覚えないこともある。
難攻不落とあだ名されたカフェの給仕はいつも話題を呼んでいた。


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