学期末、冬が近付いて沿岸はひどい風だった。
帽子が欲しい。耳がちぎれそうに冷たい。

不動がここに戻って、3ヶ月が経っていた。
あの大会から長いこと、幸せな夢に浸っていた気がする。あれで自分の人生が済んだような、仕事を遂げたような気になって、一時サッカーから離れた。

部員は相変わらず下手でやる気もない。辞めてもいい気さえした。
それでも結局、不動はボールを蹴っている。
まっとうな理由で始めた訳じゃないのに、好きなんだろうなと今さら思う。それに辞めるのは全国に居る大事なチームメイトを裏切るようなものではないかと思ったのだ。

弱小のチームでも、やれるだけやってみよう。努力も協力も吐き気がすると思っていた過去が、今はひどく愚かに思えた。チームメイトにも、悪いことをしてきた。レベルを下げてやっているという卑屈な考えは止して、できるだけ分かりやすいようにと心がけた。
今、ようやくチームとして機能するようになったと思う。
見てくれ、みんな…
誰でも良い。話をしたい。ほんの5分で良い。ほんの5分で良い。


このところ背が伸びたせいか、家中そこここに体をぶつける。
階段の幅が狭く感じたり、風呂桶が浅く感じたりする。成長期というやつか。そんな事でも、あいつらも背が伸びたかなとか、あいつの高さを越したかもな、とか、思う。

体だけでなく、精神や人格にさえ成長を感じるのに、
あの夏に依存しているような常日頃が嫌だった。
懐かしく思う気持ちは純粋でありたいのに、会いたいとか戻りたいとかいう思いがどこか病的な気がして嫌気がさす。嫌でも母親の異質を彷彿とさせ、血を思うのもこりごりだ。
せめて声くらい聞きたいのに、自分から働きかけるほど熱心になれない。これは さが だな。
こうして疎遠になっていくのだと半ば諦めた毎日だった。
会いたいと都度に思うのも、知らないふりを決め込んでいた。



『あ、もしもし?』
「………」
『…つながったのか?』
『わかんない。返事が無い』
「………」
『留守かな』
『誰かとったんだろ?』
『でも声がしなくて』
「………」
『あの、失礼ですが、不動さんのお宅でしょうか』
「………」
『私、東京都帝国学園の、佐久間と申します』
「………」
『明王さんとは今年の夏、部活の大会で同じチームに』
「佐久間」
『……不動?』
「…悪い。誰かと思って…」
『久しぶり!元気だったか?』
あの夏の夢からようやく覚めた日常が、再び夢にいざなわれた。この電話はそんなような気がした。
信じがたいことに目眩さえしそうだ。電話の向こうでは佐久間の声が鬼道を呼んでいる。
『不動出たのか?』
『うん、元気そう。
な、不動。協会からの手紙読んだか?』
「…手紙?」
『なんだ、こいつ読んでないぞ。まだ届いてないのか?』
「さあ。見てない」
『随分前に届いたのに。
大晦日、優勝パーティーするって。またあのチームで集まれるんだぞ』
佐久間…
空港で別れてそれきりだ。電話で聞くと声が高いな。
なんとなく、夢心地だ。虚ろな声に聞こえるだろうか。
『聞いてるか?また皆に会えるんだぞ』
「……ああ、聞いてる」
『楽しみでさ、不動には会えるのかなと思ったら、確認しなきゃ気がすまなくなっちゃって』

……佐久間……

不動は、友情のありがたさをこれほどに感じ入る日が来るとは思わなかった。思い付きさえもしなかった。
佐久間との間には複雑なものがたくさんあって、きっとわだかまりのない関係に済んだとはいえないだろうと思っていた。いくら殴ったか知れないのだ。許せる佐久間は不思議だったが、疑うことなど何もないと、教えられた。
『不動、来れるか?総理もいらっしゃるぞ』
「…大層だな」
『当たり前じゃん!おれら、世界一なんだぜ?』
「………そうだな……」
『おいおい、忘れたのかよ』
「そうだったな……」

きっと行くと約束して、電話を切るとポストへ向かう。

いっぱいになってねじ込まれた広告の隙間に、協会からの封書があった。

…夢じゃない

目を上げると汚れた玄関。
夢じゃない。
たった一本の電話で、俺も現金なものだ。





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