夜目が利く。
当然のことだと思っていた。おれには闇が見える。見通せる。


記憶が曖昧なくらい昔、親が死んだ。2人とも揃って消えた。死が如何なるものかよくわからないくらいの歳だった。
ただ、居ない、ということだけで泣いた。
文字通り消えたのだ。

今でもよくわからない。
悲しいか、といわれても、よくわからない。
怒涛のことで、目まぐるしく環境が変わり、把握に至る前にここに居た。

孤独。そうじゃない。

土から生ったか孵化したかというくらい、自分に人間を感じない。
おれはまだやっと10年生きたくらいの歳だが、人間らしくない自分をよくわかっている。


…雨だ。




case01:風介





「ヒロト、なに?」
ここは孤児が住む家。家と呼ぶには語弊がある気がするが、住人の多くは好んで家と言う。
おれは赤子の頃よりここに居る。
「…なにが?」
「無駄。なにかわかったの」
「君こわくないの」
「こわくないよ」
窓辺に座るおれから少し離れた位置に座る風介も、ここの孤児。4年前にやってきて、最近ようやく口を利くようになった。
「無駄ってなに?」
「ごまかそうとした。それが無駄」
「…なんでバレちゃったのかな」
「無駄」
変わった子だ。
同い年だが、とても幼いような気もするし、どこか達観しているようにも見える。一番変わっているのは自分としか話さないことだ。

おれは孤児だけどここに居ながら里親に出されている。

孤児院の経営者の家だ。血縁関係の無い姉もいる。
義父は孤児院の子供達にとって常に皆の父親であり、姉も皆の姉である。
おれはつま弾き者だ。
贔屓だと、疎まれている。おれにも原因はあるが別にいい。皆のことは嫌いじゃないが、一緒になって遊ぶとか、無理。
子供は苦手だ。


風介は4年前目を背けたくなる程の有り様でここに来た。虐待を受けていたらしい。
全く何も喋らず、食も細くて体も小さく、誰にも決してなつかなかった。
「…雨がくるかな」
「そうなんだ」
「…こわくないの」
「こわくないよ」
院の子供から嫌われているおれの傍に、好んで来るのは風介だけ。何か本や図鑑を広げて、じっと座って傍に居る。
「さっきの無駄、は、何?」
「はぐらからそうとした。それ」
綺麗な子なんだけど、変な子。
だけどおれを嫌がらないしこわがらない。
嫌われるのは仕方ないけど、別に平気なわけじゃない。子供っぽくないのはわかってる。でも子供なんだから淋しくもなる。
風介は好きだった。会話さえ特にしないのに、兄弟のような絆を感じる。
「雨が来るのは、知識?」
虫の図鑑に目を落としたまま風介が言う。
質問の真意がわかるのに、敢えて聞き返すともう一度同じことを返された。
意味がわかっていると、ばれているのだ。
「…いいや」
「そう」
「………」
「こわくないよ」
…風介は、不思議だ。

おれには特異な力がある。
物に触れずに動かしたり、浮かせたり、人が普通感じないことを察知したりできる。
だからといって何ということもない。自慢に思う気持ちも無いし、気付いてすんなり受け入れた。
どうでもいいんだよな。正直。
何か意味があるものでも無いだろうし、あって困らないし無くても困らない。これを知っているのは風介だけ。
見せてやったわけじゃない。なんか、勝手に知ってたんだ。
おれより風介の方がずっと、なにか不思議を持ってそう。

「こわくないよ」

もう一度、風介は言った。
質問が問い掛けられる前に答えるなんて、この子にはざら。でもおれのような力は無いと言う。言ってるだけだ、って、探してみたけど本当に無かった。変な子。

「雨は割と好き」
「ヒロト、そこは寒くない」
「平気だよ」
「ならいい」

やがて雨が降り始め、窓が曇って水滴が流れてくる。中庭から皆の声と、姉の声が交互に聞こえる。音としては届かないが、何を言っているのかはわかる。
洗濯物を干していたらしい。雨が降って、慌ててとりこんだのだ。
洗濯物が干してあったことも知っていたけど言わなかった。この力に意味なんて無いんだ。使う必要なんて、無いんだ。

「ヒロト、寒くない」
風介がまた言った。
「平気だよ」
「…ならいい」

優しい事にも、使わなくていい。意味なんかないんだ。
だって、きっと、そしたら…
おれはここに居ないんだ。


「ヒロト」
「………」
「…こわくないよ」

風介は重い図鑑を持ち上げて、よろめきながら出ていった。

意味なんかないんだ。

意味なんかないんだ。


1人にしてって、
おれはまた、口に出してない。

風介にはわかる。
おれが知らないおれのことを、あの子には全部わかるんだ。






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