目を覚ました不動の様といったら見物だった。

飛び起きて転がり落ち、頭を打って悶えていると佐久間が起きてさらに慌て、声を掛けられ盛大に転倒。壁に当たってようやく止まった。

「……だいじょうぶか不動…」
「…おまえっ…なに、なに考えて…」
「怪我してないか?すごい音がしたけど」
「…………」

気絶したんだぞ、と呆れたように言われ、昨夜のことが一気に思い出される。がっくりとこうべを垂れて、小さく呟く。
「…消えたい…」
佐久間は不動の呟きを無視してベッドから起き上がりカーテンを開けた。
「2人には口止めしてるけど、説明しろとも言われてる。話していいか?」
「はぁ?!何を?」
冗談じゃない、という風に声を上げたが、
「不眠症だって」
不動は耳を疑った。不眠症?
そして即座に理解した。

佐久間には一切何も、説明なんてしていない。

全て悟られている気でいたが、そういえば言っていない。ならばただの不眠症だと思ってるのは当たり前か…
「…だめだ」
瞬時に考えて答えた。わざわざ言う必要なんてない。不眠症だと思われているならその方がいい。断然いい。
「心配してると思うんだが」
「…心配ね、…
綱海はともかく鬼道はな…監督にチクったりとかしそう…」
「それ以前に、目の前で倒れたんだから心配してるだろ」
してるわけないだろ…
「してる」
声に出てたかと思ったが、違う。くそ、やなやつ…

結局綱海と鬼道には軽い不眠症と説明したが、納得したかは微妙だった。特に鬼道。


「人が居れば解消されるなんて変わってるよな」
「…は?」
「だって普通逆じゃないのか?静かな場所の方が寝やすい気がするんだが」
佐久間は大会が終わるまで、ずっと誤解したままだった。

俺は“人が居れば眠れる”のではない。

おそらく、
“佐久間が居れば眠れる”のだ。

彼が不眠を解消してからそうだとはわかっていたが、佐久間は“人が居れば眠れる”と勘違いしていた。
そういう可能性もあるかもしれないと思ってみたが、誰か1人部屋に増えても気が散って眠れなかった。
よくよく考えれば合宿が始まってからひどくなって、“人の気配がする暗闇”が一番の大敵だと悟ったではないか。
佐久間が居れば確かに暗闇は恐ろしくない。ところがそれだけでは眠れない。

つまり要約するとこうだ。
“佐久間と2人きりなら眠れる”


俺はあいつが居ない毎日を、またずっと、繰り返すのに。




さてこうなってしまっては不動はいよいよ佐久間との付き合い方をきちんと考えなくてはいけないと思った。

結局その後佐久間の部屋に寝泊まりすることになったが、なんのつもりかちょくちょく鬼道や綱海、時々は風丸や基山なんかがやって来た。
「なんで鬼道まで来るんだよ」
「何か間違いがあってはいけないからな」
「無いだろ…男同士で」
「別にいいだろ。人が居れば寝れるなら」
鬼道が来ると佐久間は喜んだ。
例の約束はうやむやになって消えたが、誤解なら解いていない。
嫌ってなんかいない。それが言えないまま毎日が過ぎた。

嫌な態度はとっていないし、助けてもらった借りがある。
己の感情表現の下手さをわかっていたが好意なら伝わっていると自己完結して、虚勢を張って伝えなかった。
そんなこと、わざわざ言うまでもない。その実ただ恥ずかしくて言えなかっただけだ。自分も大概子供だと思い知る。
素直に友達も作れないのか…

呆れながら、佐久間との間に友情というものがあることを願うだけだった。

「情けねえ…」

ちょっと、真面目過ぎやしないかとも思う。
案外自分は固いらしい。
何も気にしていないような、相手の態度に甘える方法だってある。しかしそれには妥協できない。
ケリというやつをちゃんとつけたい。
なあなあで済ませたくないという思いは強かった。
不動は佐久間とのあいだに、ゆるぎない友情を確立したいと感じていた。

2人きりの夜は何も言わずに隣に潜り込み胴を抱く。
こんな格好で眠る姿なんて誰にも見られたくないのに、不動は佐久間に対しやたらと素直になる自分を少々不気味に思いながらそれをわざわざ気にしはしなかった。
やけくそだ。

佐久間は拒否しない。
もうずっと前からこうすることがいつものことというような、なんでもない態度で抱きつく不動を受け入れる。
頭や背中を優しく撫でられるとふいに込み上げそうになる。この細い腕が体を守ってくれている。
佐久間は自分より上背は高いが体は細い。
機敏だが時に当たり負けする佐久間の妙に儚い体に、不動は頼りながら、すがりながら、とんでもなく特別なものに思う時があった。

記憶になどない母を感じる。これが母親というものではないだろうか。

抱かれたことが、あるだろうか。
こんな風に……
こんなに優しく、…大切に…

同性である佐久間に母性を感じている。
普通なら拒絶するであろうこの事実を、不動は受け止めていた。間違い無い。確かだ。

感じているに足らず、
求めている。

出会って長くもない佐久間に手放しで甘えているのに、自分にとってあまりにも未知なことなのに、
不動はそれを不自然と感じない。
自分に必要なことだ。
佐久間に撫でられるたび、自分から佐久間に触れる時、腹の底から喉元まで、体の芯が癒える気がした。
冷えきった体が風呂に浸かるような、かじかんだ何かが熔けるようだった。






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