久々の休息日。
不動はかねてからの睡眠不足解消のために朝食をとってから部屋で寝ていた。

しかし自室は隣からの声がやかましくまるで寝ていられない。
苛立ちながら寝床を探し、結局廊下の突き当たりにある談話スペースの長椅子に横になった。
今なら何処ででも寝れる。喧騒さえなければ。

苦悶の表情で眠っている不動を起こそうとする者はいなかった。寝心地の悪い長椅子と廊下の向こうから聞こえてくる騒がしい声。
眠りは浅かった。


正午を過ぎると西日が入る。
不動が寝ている場所にも容赦の無い光が射して暑い。暑くて寝苦しい。瞼を閉じていても眩しくて堪らない。ここの窓にはカーテンも無い。
ますます険しい顔になりながら意地でも眠ろうと目を瞑り続ける。
すると、ふっと光が遮られ、何事かと薄く目を開ける。

そこには佐久間が居た。

窓と不動の間に座り、本か何かを読んでいる。
こちらからは目が見えない。眼帯をしている方、右体面が向いているのだ。
表情もわからなければ、何処を見ているかも定かではない。俯き気味の顔から推測するに手に持つ本に目を落としているのだろうが、一体、何が目的でこうしているのだろう。

佐久間に対し不信感しか無い不動には、自分の安眠のために日の光を遮断してくれているという発想は思い至らないものだった。


「…何してんだお前」

とうとう我慢ならなくて問い掛ける。
佐久間は不動が起きているとは気付いていなかったのか、非常に驚き息を飲んだ。
「あ、わ、…悪い…。はあ、びっくりした…。起こすつもりは無かったんだが」
「何してんだって言ってんだよ」
くらくらと揺れる頭を抱えながら起き上がり、距離を取る。
「何っ…て。ほん。本読んでた」
「嘘つけ」
吐き捨てるように言う。舌打ちして、顔を下げたまま佐久間を睨んだ。
佐久間の顔は見えない。体はこちらに向いているが、強い西日が逆光になっている。
「…嘘」
「一体なんなんだよお前…あー頭痛え。くそ、目眩する」
「不動」
「うるせえ」
今は不気味より煩わしかった。心底鬱陶しかった。苛立ちで腹がむかむかする。不機嫌を隠しもしなかった。
大きくため息をつくと、また舌打ちをする。

「不動」
「うるせえ」
「診てもらった方が、いいんじゃないか」
「……」
当たられて、怒りを返してこないどころか気にしてもいないような気遣う声に、些か密かに面食らう。
「眠れてないんだろう。お前、うなされてたし」
「…はあ?何言ってんだ?関係無いだろ」
ほっとけよ、と呻くように返し、そしてまた大きなため息をつく。
「関係無い…関係無いなんて…なん、な、なんでそんな…」
相変わらず佐久間の表情はおろか顔のパーツのひとつさえ見えないが、声が震えているように聞こえた。
「関係ないだろ」
「なんで…チームメイトだし、大事な…」
「何がチームメイト…」
不動は笑った。鼻で笑い飛ばし、くく、と喉を鳴らす。侮蔑を含んでいるのがよくわかる笑い方だった。

「不動」
「だから、うるせえよ」
「不動」
「……」
「お前……なんでそんなに…」

そこまで言って佐久間はゆっくり項垂れた。
不動は続きを待たずに立ち上がる。やはりあまりうまく眠れなかったようだ。くらっと軽い立ち眩みがして、睡眠を邪魔した佐久間への苛立ちがさらに募った。
またひとつ舌打ちをして、歩き出す。

「なにがそう気に入らないんだ。どうしてそんなにおれが嫌いなんだ」

突然の声に足が止まる。
やはり震えていたが怒りではない。むしろ泣き出しそうな声だった。

「友達には、
なれないのか、不動。お前に少しでも近付けたと思ったのはおれの勘違いだったのか」

張り上げている訳ではないのに叫んでいるように聞こえる。不動は振り返ることができなかった。

「約束通り、二度と触らないよ。だけどただ話すことも傍に居ることも許されないなら、おれは一体どうすればいいんだ」
「……」
「不動、」
「……」
「不動……」

佐久間はまた、黙った。不動も黙って立っていた。
沈黙が寒く、痛い。佐久間の放った言葉は不動の芯に突き刺さるように思えた。

うまく付き合っているつもりで、佐久間は全て見透していたのかもしれない。暴かれたような焦燥感と、不思議な敗北感が不動を襲う。ばくばくと胸が鳴る。息が少し苦しかった。
実際はうんと短かったかもしれないが、随分長いこと黙っていた気がする。
佐久間が立ち上がる気配を感じたが、不動は動かなかった。

「…ごめん…」

佐久間の声は小さく、弱々しい。

「もう、話し掛けないよ。絶対に必要な時以外。
出来るだけ近くに行かないし、お前の見えない場所にいる。」

何故、謝罪されたのか検討もつかなかった。不動の心持ちは暗闇に居るときのように、辛く、苦しかった。

「約束する。だからそんな目で見ないでくれ。
何度だって、謝るから」


…不動は、
いよいよ佐久間がわからなくなっていた。
一体、何を言っているのやらひとつたりとも理解できない。
唐突に、あの海中での日々が浮かんでくる。
毎日毎日殴られ蹴られ、親友を抱き締め弱っていく佐久間。あの時も謝っていた。ごめん。ごめん。源田、ごめん。あの時の声だ。

佐久間は横を通り抜け、振り返らずに去っていく。

廊下の先の階段を下り、姿が消えると切なくなった。

二度と触らない馴れ馴れしくしない出来るだけ話し掛けないし視界に入らないように努めるよ。

万々歳じゃないか。
苛立つ要素がひとつ消えた。そう思うのに整理がつかない。


ごめんと言ったか細い声が、あまりに哀しくて離れない。





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