事件が起こる。

佐久間との関係修復を半ばやけくそに放棄したが、実際同じ部屋にいて避けられるというのはどうにも耐え難い。
沈黙は不快では無かったが、大変な不便であった。

「佐久間ァ今日来るだろ」
「綱海。行く行く」
「わかった。後でな」

その日、消灯までの暇を佐久間の部屋で雑誌を読んで過ごしていたらノックも無しに綱海がドアを開け、阿吽の会話をして去っていった。
「…なんだ、今の」
思わず訊いてはっと思う。しかし佐久間は全く普通に答えた。こちらからの接触は拒まない。
「綱海ん所で寝てるんだ」
「は?なんでだよ」
「うーん…綱海とは前から知り合いだったし…」
「じゃあ毎晩綱海の部屋で」
「そう。サッカーの話してると長引いちゃってなかなか寝れないけど。今はおれの方が寝不足してるかもな」
はは、と笑って読んでいた本のページをめくる。

不動は何か裏切られたような気分になった。

朝起きると佐久間は居ない。漠然と、鬼道や風丸、他に誰か親しい者の部屋で、例えば数人集まっているような場に参加したり、慣例化している集合に雑魚寝したりしているのだと思っていた。
しかし綱海はだめだ。
だめだ、と思う。
不動は綱海が朝早く、ボードを抱えて海に出るのを知っていた。その為就寝が早く、消灯少し前に円堂が戸を叩いても出てこなかったのを見たこともある。
綱海はだめだ。不動はそう言いたかった。でもどうして言えよう。
何がだめなのかと訊かれたら答えられない。
雑誌に目を落としながら、記事も読まずにそれを考えた。しかし何も思い至る前に、午後11時30分。消灯。
結局佐久間に何も言えぬまま、しぶしぶ床についた。

事件はこの2時間後に起こる。



誰も居ない暗闇の部屋で、不動は目を覚ました。

状態としてパニックに陥っていた。しかしこの上なく静かにすばやく部屋を出て、真っ直ぐ廊下を歩いていった。ある部屋の前に立つと、人の気配と笑い声がする。躊躇わず、ノックもせずに入っていく。
そこは綱海の部屋だった。

「、わ、不動?」
室内には何人かの姿が見えたが不動はドアからの直線上に座っていた佐久間に直進した。

「…どうした…?」

目の前で立ち止まった不動のただならぬ様子を見て、佐久間は心配そうに声を掛ける。が、直後にしまったという表情を浮かべ、ぎくりとしてあとは何も言わない。

「お前なんでこんなとこにいんだよ」
「……」
佐久間は答えない。
「何してんだよ何やってんだよ…」
「………?」
「ああイライラする」
がしがしと頭をかきむしり、あーあーと低くわめく。普段いつも冷静な不動にあるまじき姿である。
「不動、どうした。佐久間に用事があるのか」
動じない声がして、部屋に入ったときいくつか見えた影のひとつが鬼道だとわかった。不動は見向きもせずに答える。
「用事なんかねえ…」
「じゃあ邪魔するな。今は明日の練習メニューについて話していたところだ」
「…うるせえよ…」
苛立って苛立って仕方がなかった。自分を制御できない苛立ちと不安が頭を打ち付けているようだ。
「佐久間…」
「、ハイ…」
佐久間はぎくしゃくと返事をする。
「お前何してんの…」
「何って…会議…。話し合いだ」
「ちげえよ、…お前さ…」
質の悪い酔っ払いのようだ。頭はぐらつくし明かりが眩しくて目もあまり開かない。足も浮いて揺れているような、地面が不安定な気がする。

「…俺を置いて何…」
「……不動?」
「置いて……」
あたまいてえー目がいてえー
「……」
「…なんだ?」
「さあ…不動?大丈夫か?」

「…置いて行くなよ…」

かあんと頭の真ん中を打たれたような、激しく白い眩しさを感じ、不動は倒れた。真正面に居た佐久間はそれを受け止め、その衝撃に膝を折って床に崩れる。
突然のことに呆気にとられていた綱海は慌てて傍に寄るが、
鬼道は冷静に観察していて全く姿勢を変えなかった。
「大丈夫か佐久間」
「おいおい、それより不動だろ。大丈夫か?」
「あ、…」
不動を受け止めたまま目を見開いて呆然としていた佐久間は、我にかえって不動の様子を伺った。眠っていることを確認すると、深く安堵の息をつく。

「…寝てる、みたい…」
「人騒がせな奴だ」
「寝てる?
不動、どうしたんだ?なんか変だったな」
「すまん綱海、鬼道。部屋に運ぶから手を貸してくれ」
「佐久間、説明しろよ」
鬼道の声は穏やかだったが有無を言わせぬものを含んでいる。
「……不動の合意が得られたら」
「よし」

3人で不動を佐久間の部屋まで運び、その場で解散した。
去り際鬼道はもう一度、説明しろよ、と念押ししてから部屋に戻っていった。


ベッドで眠る不動はまた、眉間に皺が寄り寝苦しそうな表情を浮かべている。
佐久間は部屋の証明を消してから、その顔を長いこと眺めていた。ぴくぴくと動く目蓋と険しい面持ちが痛ましく思える。

依然として彼の不眠の原因はわからない。聞き出す気は不思議と全く起きなかった。
深い事情と理由がわかる。
自分がそこに入り込むなどとんでもないと思っていた。触れる必要もないと、思っていた。

眠る不動を起こさぬように壁側に押しやり、空いた場所に自分の体を滑り込ませる。白い皮膚が仄かに明る部屋で更に白々と光って見えた。

「約束、ガタガタじゃないか。なんかなあ…」

言いつつ、ふ、と苦笑する
不動の顔を撫でると、頭を胸に抱き寄せて目を閉じる。こうした方がいい気がしたのだ。
嫌われているとわかっていても、佐久間は不動が好きだった。
誤解されがちな態度をとるが決して自分本位というわけではない。実力は圧倒的だと思うし、羨ましかった。いわば憧れを持って不動と接し、隔てのない友情を築きたいという好意だった。

苦行に震えて耐えるような態度を素知らぬように覆いながら、不信と疑心を剥いた目を黙って見るのは苦しいが、こうして少しも頼られるということは、嫌われていても役に立てて居るのだろうか…



佐久間は不動の穏やかな寝息を聞きながら、
胸元に抱いた頭を撫でた。
髪が首にこそばゆい。

すりよってくる細い体を受け入れて、抱き合うように夜を越した。







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