※ ジャンルが迷子。明るく無い
※ 年齢操作あり(不動→大学生/佐久間→高校生)



どう考えても懇意になるのは賢くない相手とも、愚かにも想いを遂げ後でやっぱりまずい目に遭う。
そういった例が世の中不思議とあふれていた。
不動はどちらかといえばそれらをバカらしいと笑う方だった。特に男の方に対して、女に自制がきかない間抜けが心底くだらなく思えた。

『おれも愛してる。不動、あの時の返事だけど』

夜半に佐久間は呟いた。
その姿は微笑んでいた。
顔だけにあらず、姿全体、身体全部が微笑んで見えた。
怖い比喩じゃない。
ただ、本当に、そう思っているのだと感じた。
佐久間は不動の腕の中で、もじもじしながら返事を待った。たいしてたくましくもない身体の前で、佐久間はさらに薄かった。鍛えるのを止めて随分経つ自分との対比でも、佐久間ははかなく頼りなげだった。
『うそつけ』
不動はなげやりに言った。
『嘘じゃないもん』
わざと子供っぽく言ったのはわかったが、嘘と言われた佐久間が一体何を感じたかわからなかった。
『じゃあ不動も嘘だったの?』
『俺は……違う。本当だ』
『ほらね。じゃあやっぱりおれも本当だ』
“じゃあ”も“やっぱり”も意味がわからなかった。
それは佐久間がいささか混乱していたからで、不動が茶化した“嘘”という言葉に、少なからず動揺したのだろう。
試してしまった。
不動はとっさにそう思った。
とても信じられなくて、ついぽろっと言ってしまったのだ。同時に人との付き合い方に、いつもこういった面をのぞかせる自分に気付く。
ふと素直になれたのに、佐久間に詫びる気になれなかった。
ごめんと一言言いたいのに、不動はただ信じるよと言った。
それでも佐久間は喜んだ。

こういう恋なら悪くない。

男と寝たり付き合ったりするのに偏見は無かったつもりなのに、遊びに留めるべきなのかなとかどこかで区切りをつけなくてはとか、保身的に構えていた事に後で気が付いた。
でも佐久間が好きだったし、佐久間も自分を好きだった。
本当にお互い想い合うなら、男相手だろうが尊いじゃないか。


ろうそくで読む本はいつも開かれたページからめくられることが無かった。
何を読んでるの、と訊かれても、その本を開いている時佐久間は絶対応えなかった。
読んでいる風でも無い。
ページはめくらないし、本を見もしない。格好だけかと思っていたが、暗記してるから読まなくていいとか答えにならないような事を言う。
暗記してるなら開かなくていいし、起き出して読む必要も無い。
そう言っても佐久間は笑うだけだった。読んでいる時話し掛けても、お前答えないなと言った時、初めて驚いたように見えたのだが、かといってそれにも笑うだけだった。

ふらふらと居なくなる事も、ばかに真面目に通学する事も、いきなり妙な怪我をしてみたり品良く清楚なスーツで出掛けたりする事もある。
それについて不動は一切干渉しない。
佐久間が留守の間不動がマンションに入り浸っても、佐久間は全く気にしなかった。当然のように振る舞っていた。
佐久間はセックスが好きだった。どこの誰とも知らぬ相手とも、本当だか知らないが犬ともヤったとか言っていた。
飛んで見えるのに感情が大きく起伏して見せたり、ちょっとした不機嫌も無いようで、佐久間は穏やかな人柄に見えたが、周囲は佐久間に狂うようだった。
事実干渉しなくても平気では無かった。
佐久間が出掛けるたびどこかの誰かと関係を持ったり、また過去の相手でさえも、不動には許せなくなっていった。

佐久間がオーバードーズして、だんだん冷たくなって行っても、
これで誰かに佐久間を奪われたり、佐久間が自分を忘れたりはしない。永遠に自分が最後の男だと思った。

不動はごわごわのジーンズを脱がせ、シルクのシャツを佐久間に着せた。
時々ピクッとひくつく関節に、佐久間の死を感じながらも不思議と悲しさは感じなかった。
シルクのシャツはシルクのズボンとセットのもので、タグを見てまたしても驚愕。
17万5千円と書かれた値札が下がっていて、有名中の有名なブランド名がプリントされていた。はかせてやる間三ヶ所くらい、佐久間の肌にキスマースをつけた。
不動にはこれがどこに着て行くにふさわしい物かわからなかった。
でも袖とポケットの近くに猫のシルエットの刺繍があって、佐久間が何故気に入ったのかはわかった。
幼い頃飼っていた猫が居なくなってしまったのが、今までの人生でいちばん辛いこと。
佐久間が唯一話した感情だった。
それから不動は花屋へ行って、三軒をはしごしてたくさん買った。部屋を出る時佐久間はまだ息をしていたが、戻ってみると止まっていた。
部屋の真ん中に置かれたベッドマットに綿じゃなきゃ嫌という佐久間のために新しいカバーをかけて佐久間を寝かせ、まわりを花でぐるりと囲んだ。
買った花が多すぎて、まわりを囲むだけのつもりなのに布団のようになってしまった。
地黒の肌が白く見えるほど、佐久間は血の気を失っていた。
名前も知らない花の真ん中で、死んでるのにきれいに見えた。


不動は鍵を閉め部屋を出た。
屋上へ行ってタバコを吸うと、鍵を屋上から投げ捨てた。
佐久間が首にかけていたチェーンには実家の鍵がさがっている。
猫が戻ったら帰るらしい。
結局生い立ちも人となりもよくわからない。
さみしい子供だと思うのは、心底真実愛しているよと言った男さえこうしてねじれてしまうこと。
読んでいた本が実は詩集で、海外の言葉で書かれているのを訊かないまでも知っている。そしていつも開いたままのページを訳してみたりしている。
こういう陰った行為について不動には“真実”を失った姿に思えた。
佐久間の遺体から髪をほんのひとふさ切り取り、タバコを吸う前に飲み込んでいる。

腐敗する前に誰かみつけてくれ。

そう願ってアパートに帰ると、ろくな寝具が無い佐久間の部屋に布団を運んだのを思い出す。
いずれ誰かが来るだろう。
不動は罪にも問われるだろう。
それでも別に怖くなかった。
不動は佐久間が好きだった。
何故そうしたのかと訊かれれば、答えはたったひとつしか無い。




「ぼくは彼を愛していました」





刑期を終えたら猫を飼おうと考えている。




※ オーバードーズ…過量服薬。dose(適正服薬量)+over(過ぎる)。向精神薬を用いた例が多い。
※ 普段言葉遣いが粗雑な青少年が改まった場や公的な発言で「僕」と言うのがとても好きです。


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