中等部の最終学年に進級し、入学の儀式が終わって3日。

帝国の校舎は古いが外装は綺麗に塗り直されて真新しく見える。
塀が高くてどこか基地的な雰囲気がある上学校自体の露出が少ないので、実は内装は年季が入り、歴史を感じさせる姿であるとは外部の人間は知らないだろう。
敷地が広くて高い建物が周囲にないため、空は本当にひらけて見えることも。
屋上や練習場はこの閉鎖的な校舎からは連想できない程に清々しくて気持ちがいい。
さらに広大な校庭には創立時に植えられた古桜が並んでいて、この時期は実に見事な景観なのである。


4月。
新学期も早々に部活が始まっていた。
佐久間は練習が終わるとさっさとシャワーを浴びて誰よりも早く帰り支度を終える。男子よりもはるかに早く。そしてこの時期は特別早く。

佐久間は桜が好きだった。

練習が終わると日が沈む頃かすっかりと夜桜になってしまうのだが、春はこうして裏門までの道をゆっくりと桜を眺めて歩くのを毎年の楽しみにしていた。

門を出ると生け垣を囲う低いブロック塀が続いている。
そこに、小さな貝殻が落ちているのを見つける。
(…可愛い。なんだろう、これ)
白くて、内側はシャボン液を流したような虹色に光っている。
(桜の花びらみたいだ)
佐久間は意外な落とし物を、制服の胸ポケットに仕舞った。
(…誰かの、とかじゃないよな)


不思議が起こる。

貝殻は毎日、そのブロック塀に置かれていた。はじめは何個か落ちていたのを自分が認識していなかったんだろうと思ったが、貝殻は毎日ある。
誰かが意図的に置いている他考えられなかった。
形は様々だったが、いずれも小さく可愛らしいものだ。

「昨日はいつつ…」
「また貝ですか?」
「だって、私が帰る時を狙って置いてるみたいなんだ」
「えっ、意外に自意識過剰ですね先輩」
「聞いたんだよ。先に帰った人とか、先に終わった部活の部員とかに」
「えー?嘘だぁ先輩人見知りのくせに」
「だから、辺見に、…頼んで…」
「ああ……成程…」

貝殻は毎日届けられた。
しかし貝殻が置かれている現場は佐久間しか見たことがない。
ひょっとして誰かが何かのために置いているのかもしれないと、貝を持って帰らなかった日の翌日。新しい貝は置かれていなかった。
自分が拾うように仕向けているんだろうか…

よくわからないまま、佐久間は毎日貝を拾い、ブリキの箱に入れて保管していた。目的も犯人もわからないのに、佐久間は不思議とこれが自分に向けられたものだと確信を深めていった。

桜が少しずつ散っていく。
ブリキの箱も貝殻で一杯になってきていた。


そんな折、部活を終えて帰ろうとする佐久間を辺見が呼び止めた。
「例の現場、オレにも見せろよ」
「反対方向じゃないかお前」
「見たら戻る」
「あ、そう。変な奴」
佐久間が靴箱を開けた瞬間。
「わ、なに、桜?」
「どうした?」
「桜だ…」
靴箱は桜の花びらでいっぱいだった。手にいっぱいの花びらを、そのまま放して散らしたようだ。よく見てみると下の簀には、桜の花びらがたくさん落ちていた。

それを見た瞬間、佐久間は何かを思い付いたように口をつぐんだ。
「悪戯か?」
「………」
「佐久間、どうした?」
「……まさか…」
それだけ言うと素早く靴を履きぱっと駆け出す。辺見は慌てて後を追うが、部内で1、2を争う俊足にとても追い付けない。
「おい何だよ、急に」
「………」
佐久間は裏門の前で立ち止まり、肩で息をしながら一点を見つめていた。
「…あ、本当に貝殻…」
「……まさか…」
「まさか?…もしかして誰がやってるのわかったのか?」
「………」
佐久間は低いブロック塀にとぼとぼと近付いて、その上の小さな貝殻をひとつ拾い上げた。そしてきゅうと手に包み、優しく胸に抱き止める。

「…わかった…」

佐久間の表情は思い詰めているように見えた。
もう一度、わかった、と呟いた佐久間は、
息を飲むような驚いたような、それでいて期待やときめき、高揚し、それを諌めるような気丈が混ざり、実に多種で複雑だが、言い得るならこうである。
恋。

途端に前後も不覚に情緒不安定に、呼吸もままならないようになってしまった佐久間に辺見は驚いた。
いくら美しくて可憐でも、恋のこの字も無いような乙女であった佐久間にこのような姿を見るとは、月が天から落ちるようなものであると思っていた。

佐久間はまだ動揺していたが、大丈夫、とまるで自分に言い聞かせるように呟くとふらふらと帰途につく。呼び掛けても返事もせずに行ってしまった。
辺見は寮に帰ると早速部の仲間にそれを報告したが哀れにも笑い飛ばされて相手にもされなかった。
本人さえ事故のように訪れるそれがいつか自分の身にふりかかるとは露ほども考えたことがないために無理もないことである。
それほどまでに佐久間は恋とは無縁だった。

桜の花びらの件はいたずらでも嫌がらせでも無いと佐久間は言い切った。
更にそのことがあってから貝殻についての疑問を口にすることもなければ思考さえもしなくなる。何か確信を得たようだが、周囲の誰にも話そうとしない。
何度訊いても下手ながらはぐらかす態度に辺見はますます例の疑惑を募らせていたが、やはり誰にもありえない、と笑われるばかりだった。



その日は天気は良かったが、風が強かった。
桜がみんな散ってしまうのではと佐久間は一日中校庭の様子を伺っていた。
「今日は部活も休みだし…つまんないなあ花見しないか?」
「この強風でか」
「やっぱ無理か」
散っちゃうのにな…と残念そうに口を尖らす。
しかしめげずに授業が終わると桜の見納めだと素早く支度を整えるとあっという間に去っていく。
校庭に走り出た佐久間はまだ下校する生徒が多い時間帯だと気付くと徐々に速度を落とし、取り繕うように歩きだす。
一般家庭の生徒も多いがやはりご子息ご令嬢の御用達学校。佐久間とてご令嬢の1人なのだがいかんせん自覚が無いのでこのように全力で疾走もするし、度々にご令嬢に睨まれる。

(…やっぱり葉桜になりかけてる)
立ち止まりながら桜を見て、また歩き出す。随分のんびり歩いていたので門までつくのにかなりかかった。
(…なんだ?)
門の方が騒がしい気がする。迎えの車で賑わっているのだろうか。
門の前まで来ると佐久間はもう一度校庭を振り返り、散っていく桜を見た。

「佐久間」

呼ばれた気がして振り替えると、門の外に意外だが予想通りの人物が立っている。

「…つなみ…」

貝殻の犯人は綱海なのだ。

桜にまみれた靴箱を見たときに閃いていたが、ここに居るはずがないという思いがどこかそれを否定していた。

「気付いてた?」

着崩した制服や装飾品が帝国の生徒には受け入れがたい雰囲気に感じられることだろう。彼を盗み見て何事かを囁き合う生徒たちを見て佐久間は少し苦笑する。

「今日のぶん。手」
「え、なに」
「手え出せよ」

戸惑う佐久間の手をつかみ、胸ポケットから出した貝殻を手のひらに乗せていく。

「……」
「綺麗だろ。プレゼント」
「…さくら、も…」
「あれもプレゼント」

にこっと笑うその笑顔も、本当に久し振りだった。

「でもこれで最後だ。持ってきたの、無くなったからな」

だから会いに来た。と言って、また笑う。
佐久間は何も言えなかった。手のひらに置かれた貝殻をじっと見つめている。

「向こうで集めて持ってきたんだ」
「うん、ありがとう…大切に、仕舞ってる」
「これ、桜に似てるよな」

綱海が手のひらの小さな貝を指差す。はじめに置かれていたあの貝と同じものだ。佐久間はぱっと顔を上げて綱海を見た。

「私も思った。桜が好きだって覚えててくれたのか」
「こっちの高校に、入ったんだ。オレ」
「……え…?」
「寮に入ってな。海が無いのはしんどいけど、お前に会える」
「………」
「だからいいや」
「………」

佐久間はもらった貝殻を、ゆっくりと、大切そうに胸ポケットにしまった。
会わないうちに背が高くなった綱海は、随分大人っぽく見えた。嬉しい。綱海がいる。

「頑張ったんだぜ。これでも、すごく」
「……」
「お前はメール、出来ないし、こことじゃ離れすぎてて」
「………」
「なんか、じゃあ、仕方ないかな、と。思って。」

でもメールは覚えてくれよ、と笑う。
つられて笑う、佐久間。


2人の関係は実に妙である。

この場合、遠く離れて暮らす恋人に大層なサプライズをした、と見えるがそうではない。2人は恋人同士では無い上に、接し方はまるで兄妹だ。
つまり分類するなら親友、というのが正しい。
佐久間は綱海が大好きだったし、綱海も佐久間を本当に可愛がっていた。ただし妹のように。

綱海が佐久間に贈った貝殻が佐久間の宝物になろうが、綱海が佐久間と会えないことを不便に思って努力をしようが、
恋人ではない。



つまり、ここが、
スタートライン。





P.S.
【present and surprise】




2011.03.15





***

予告無しですみません。一応正体謎だったので(公開当初人物表記なしでした)。駄文すぎて開き直った。隙あらば辺見を出そうとする不思議。
play・start でもあるP.S.もちろん追伸含む。




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