「最近調子いいな不動」
肩を叩かれて顔が歪む。
「おい、褒めてるんじゃないか」
「わかってるよ…」
そして大袈裟なくらいのため息をつく不動を、鬼道は訝しげにのぞきこむ。
「…あんだよ」
「こちらの台詞だが」
「はァ?」
「佐久間に何かしたのかお前」

鬼道の言葉に目を剥き出す。平然と言い放たれて、度肝を抜かれるとはこのことだ。
調子がいいのは質の良い睡眠を得られるようになったからで、それを与えてくれるのが他ならぬ佐久間だった。しかし2人の間には不干渉のルールがあって、佐久間はそれを遵守している。

これが今専ら不動の頭痛の種だ。

ルールは主に佐久間が守るという体での内容で、不動はそれを止めさせるというかいっそ消し去りたい。ルール自体を葬りたい。
「何かって…何もしねーよ」
「そうだろうか」
「はっきり言えよ気持ちわりい」
「では言おう。少しだが、違和感がある。理由の無い会話をしないな?お前たちは」
さすが、嫌味なくらいの洞察力だ。恐れ入る。
「なんで俺がしたって決めつけるんだよ」
「佐久間がお前に何かするとは考えにくい」
「わかんねえだろそんなこと」
「わかるさ」
すっぱり言い切って見せた鬼道はベンチの前で他の選手と談笑している佐久間を見ていた。
「それより答えろ。何があった」
質問に答えずうまく話を反らしたかと思われたが、やはりそう甘い相手ではなかった。不動はまたため息をつく。

「なにもねえから、困ってんだよ…」

ぼそりと呟き舌打ちすると、グラウンドから出ていった。

夜、寝るときだけ寝床を借りる。佐久間は不動が眠るのを見届けて退室する。その後何処へ行っているのかは知らなかった。
2人は言葉を交わさないし、特別何をすることもなく、ただ同じ部屋にいるだけのことだった。
不動の睡眠障害は佐久間が居ればほとんど解消される。主な理由である暗所への恐怖も佐久間が居れば随分和らぎ、人為的な音も気にならない。さらにこの一件で、佐久間に対する不信感が失せた。

傍に居れば安心する。

本当に過去のことを気にしていないのだと理屈を越えて理解した。恨む相手をあんなに優しく触れない。物事を理論立てて考える不動だったが、こればかりは直感だった。

そうなれば佐久間と話せないどころか避けあっているこの状況は良くない。
試合でも連携を組むに必要な人物だし、ここにきて佐久間という人間にも興味がわいた。

思えば不思議な縁だ。

全国小学クラブの羨望の的である強豪チームで生き生きとプレーする姿を見た時は、初めて見た時の姿から得た一方的な期待と印象を裏切られたと思いつつも憧れた。ああして何も気にせず、思い切り走れたらどんなにいいだろうと。
その佐久間と思いもよらない形で出会い、最悪の関係で別れてまた再会。

幼い日、一度見ただけの佐久間に思ったのは感覚的で抽象的な説明のつかない何かだった。それは今でも変わらない。
不動はどちらかといえば現実主義で、夢物語は嫌いだ。
しかし佐久間へのこの形容しがたい印象は、自分の中のより深いところにありながら、嫌悪するどころかあの頃何より大切な宝物だった。
あの宝物と、今現実に接している目下の佐久間は不動の中で分離している。

彼を閉じ込め非情の限りを尽くした毎日、宝物だったあの光とは完全に別物として捉えていた。

しかし根本は同じ、という感覚。
つまり表現のしようがないのだ。

不動にとって全ての出会いと別れの間の彼は、それぞれがその次元に存在していて、今ここでこうして国の代表として同じチームに居る彼は、
違う。
なにが違うとは言えない。
だが違う。



「変なやつ…」
「なにがだ?」
振り向くと夕食を乗せたトレーを持った風丸が立っていた。
「驚かすな。悪趣味め」
「心外だな。そっと近付いていきなり声をかけただけだ」
「それを悪趣味って言うんだよ」
佐久間を見ていた不動はかなり呆けていたらしい。通路の真ん中で重いトレーを持ったまま、ひたすら佐久間を見ていたのだ。
「混ざりたいならそう言えばいいのに」
不動がトレーを置いた席の向かいに風丸も腰かける。
「混ざる?」
「あそこ。仲間に入れて欲しいなあって、見て「ねえよ」
「あ、そう」
風丸が言ったのは今佐久間が座っている周辺及び一帯の席。随分賑やかである。
「オレ優しいから不動と食ってやるよ」
「うぜえー」
「佐久間が気になる?」
「はァ?」
つい強い口調が出てしまったが、風丸は落ち着いている。
「あんなこと、あったんだもんな。なのに何にも責められないからビクビクしてるんだろ」
当たり?といってニコッと笑う。食えない奴…。
不動は乱暴に椅子に座った。
「違う。あいつは…」
「うんうん」
「…なんだよ…」
「なんだよ?続けてくれ」
話す義理なんか無いな、という思いが過ったが、何も打開策が浮かばないこの際相談もありだ。
不動は深くため息をつくと、思い切り渋った表情で話し出した。
「…嫌われてる…と、思ってる」
「ん?佐久間に?」
「佐久間 が」
「佐久間が?佐久間が嫌われてると思ってる?誰に?」
「……お…」
「お?」
「………」

待て。

佐久間が自分に嫌われていると思っているということを悩んでいてどうしようという話を今しているということは、
俺は佐久間の事を嫌っていないのに佐久間がそう思ってて困っている、ということだ。

なんだと。

では嫌っていないならどうなのだ、という話になってくる。冗談じゃない。
そうなったら一択しかないじゃないか。

「おい不動」
「…はぁ…あほくせー…」
夕飯のカレーライスを指先で掴んだスプーンで混ぜる。考えるのを止めたかった。答えが出ない気がするのだ。
考えて考えて時間が掛かっても答えが出るならいくらでも注ぎ込むし決して無駄には思わない。
しかしこれだけはどうしても、はじめから無駄がわかっていて、たとえ百年考えたって答えが出ないと思えた。答えが出ないことが答えだ。そうだ。無駄だ。

勝手に結論がついて、不動は問題を放棄した。
「何だよ。おいって、不動」
「……」
カレーライスをかっこむと、冷水を飲み干して立ち上がる。よし、考えないことにしよう。
無駄無駄無意味。どうでもいい。




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