約束は守られていた。

佐久間は本当に宣言の通り、必要以上の接触は絶対にしなかった。
周囲に悟られないように、だけど確実に避けていた。

不動はあの日から佐久間が言った言葉の意味を何度も考えてみたが、まるでわからない。
どうしてそんなに自分を嫌うんだと言われたが、その素振りを見せた覚えがない。確かに苦手でひたすら不気味で、とにかく関わりたくはない。嫌い?果たしてこれは嫌いなのだろうか。
実はよくわからない。

被害妄想が激しい奴だ、という考え方もしてみた。しかし不動は実際佐久間が苦手だし、喋っていても疲れるだけだ。言い得ている…ような気もする。

最もわからないのは最後の言葉。「そんな目」これがわからない。
折角不可侵条約を結んだのにこれでは以前よりも悩みの種が増えたようだ。

実際佐久間はそこにいるのだし、同じチームとして戦わなければならない。
触らない喋らない傍に寄らない。彼は実にうまくやる。

例えば雑談している場に不動が現れる。すると少しして部屋から出ていく。もちろん誰も不審に思わないのだから、何かすんなりと納得のいく理由をつけて、別れを言ってその場を離れるのだろう。
さらに不動の居る場には、必要でないまたは不自然でない限り寄り付かない。

露骨ではないがために不動はそれを咎められなかった。

はじめはどうせ思い切り避けて、こちらを非難する気だろうと思っていた。
そしたら多少の衝突があっても元に戻る。勝手に拗ねて、俺を悪者にしたいんだろう。それで気が済むんだろう。

そう思っていたのになんだか微妙になってきた。

佐久間に無理が見えないあたり、素での行動なのかあの約束に則った行動なのかも曖昧に思えた。

整理すると、まずは佐久間が不動を警戒していた。しかしあっさり警戒を解いて、今度は不動が佐久間を警戒し出した。すると佐久間は……
…佐久間は今どういう状況なんだろうか…
怒っている訳ではないし、どうやら拗ねたりいじけたりしている訳でもない。何故不動を避け、極力距離をとっているのか…
目的が明確でない。
迷宮入りだ。
結局以前より強く佐久間を意識するようになった。
佐久間は目も合わせない。


同時期睡眠不足が度を越え始めていた。眠くて眠くて仕方がないのに、闇がわめいて眠れない。
発作の症状がついに最も酷かった時期を越えてしまったのだ。
幻覚だ、幻聴だと体を揺すって頭を振る。毎晩震えが止まらない。
いやだ、いやだ、いやだ、ここはいやだ。帰りたい。帰りたいと思うのに、何処に帰りたいのかはわからない。
雲が唸るような轟きが、部屋中の沈黙から止めどなく溢れてくる。
不安で不安で辛くて痛くて…

毎日、日が上がってから少しだけ眠り、朝早くから激しい練習。食事をとるにも体力が失われるような気がして食欲がわかない。
しかし不動は気丈だった。
弱い自分が許せなかった。
何よりこの状態が知れたら代表から外されるかもしれない。今は少しでもここに居たい。思い切りプレーできる場所に居たい。
それでも暗闇との合戦を、戦い抜ける自信などまるで無かった。



「不動…」
条約の約束が破られる場合は"やむを得ず"に限られる。
これは何か連絡事項かはたまた誰かに頼まれたか、そういうことだ。
そう思って続きを待つ。

「…あの、やっぱり、疲れているだろう…
試合が大事なのは…わかるけど、…」
佐久間は不動の顔色を伺うように、はっきりとしない態度である。
「…それ、"絶対に必要"か?」
相手の意図を図りかねているのに、条件と約束を破られることを許さないような態度をとった。
思わず言ってしまったことだったが、佐久間はそれを聞くと遠慮がちだった態度を改め急に毅然と言い放った。

「必要だ」

きっぱり言われて少したじろぐ。
「眠れてないのはわかってる。強がったっておれにはわかる。
煩わしいと思うだろうが、お前が心配なだけなんだ」
それとも心配も禁止にするか、と強い調子で問いかける。

不動は疲れはてていた。何も答えず、その場を去った。何も考えたくなかった。脳がのろのろとしか働けないのを感じている。
きつい。もうだめかもしれない。





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