※ 年齢操作・パロディ
※ 源田と佐久間




狗と不良
【Dog and bovver bird】




「名前は?」
「………」
「住所、電話番号、何でもいい。身元を示してくれないと」
「………」
「……はぁ…」

深夜2時過ぎ。駅の裏手にある交番。源田はここの駐在警察官で、今夜は夜勤の当番だった。

人の通りもまばらになって、事務の仕事も飽きてきた頃。先輩警官と駅前からビル街までのパトロールへ向かった。路上で寝ている酔っ払いや、深夜徘徊の高校生。そんな人たちを起こし注意し、治安を保つのがパトロールの仕事。しかし今日は事件どころか珍しく喧嘩の通報も無い静かな夜だった。
一通り街を見て回り、最後に東西から路地を通ってお互い各々交番に戻ることにした。

今目の前にいる子供はその道中見つけて保護した。

迷子か帰りたくなくてこうしているのか、とにかく何を訊いても答えるどころか反応もしない。晩夏の今では不自然な程に着こんだ服が何かただ事ではない空気を放っている。何か悪いことを、それこそ法に触れることをしたか、これからするつもりだったのかもしれない。それにしてはすんなり保護されたが、悪事を反省して出頭する気持ちなのかもしれない。

用意した書類の欄は白いまま。フードを深く被っていて、顔もあまり見えない。こうしたままで1時間が過ぎていた。念のため届けられている捜索願いの特徴や名前などと照合したが、どうもどれにも当てはまらないようだ。
実のところ男の子か女の子かもわからない。

フードから胸にかかる長さの髪の毛が出ている。それを見れば女の子かとも思うのだが、武骨な座り方や姿勢を見れば、男の子にも思える。
わからない…
着込んでいるから体の様子もわからない。

「…話したくないのか」
「………」
「君は、その、…悪いけど、男の子?顔がよく見えないから…」
「………」
「髪が長いから、女の子かな」
「………」
だめだ…本当に何の反応もない。
今まで家出してきた子供でも喧嘩して補導された子供でも、無反応な態度を取っても感情がまるで見えないという事は無かった。
何かしらに反応して、怒鳴ってみたり喚いてみたり、こんな風に本当に本当の無反応、ということは今までにないことだ。感情の一切が無いように見えて空恐ろしい。

無害に見えるがとんでもないかもしれない。

「…家の人が、心配してるんじゃないか」
「………」
「探してるかもしれないぞ。電話してみないか。なんなら俺が話してもいい」
「………」
「…なぁ、話したくないのはわかったが、なんで話したくないのかだけでも教えてくれないか」
「………」

…引っ掛からない。
何故話さないのか話せ、という問いに計られて身の上を話したりする子は割といる。悩みや不満を誰かに話したいが話せずに、屈折して非行に走る子供はとても多い。そのため無反応を決め込んでいてもこの問い掛けには引っ掛かる子が多いのだ。
しかし引っ掛かってくれないと、
パラドックスが間抜けになる。

「…まいったな…」
「………」
「……君は、あー…猫は好き?」
「………」
「俺今猫飼ってるんだ。1ヶ月前に拾ったんだけど、可愛いよな」
「………」
「えーと…好きな動物は?
そうだな、動物じゃなくてもいいや。本とか、映画とか、あ、食べ物ならどうだ?」
「………」

ぴくりとも動かない様が、無駄だよ、と語り掛けてくるような気がする。

面倒な子供を保護してしまった…

事なかれ、というのは雑で好きでは無いが、ここまで何の動きも無ければ虚しくなってくる。ついつい別の道を通っていれば、なんて思ってしまう。
「………」
「………」
疲れた。人形に話し掛けている気分だ。僅かでもいい。反応が欲しかった。

「…何か飲むか?」
「………」
「コーヒー、紅茶…オレンジジュース、ココアもある。どうだ、喉が渇かないか?」
「………」
「それとも水?遠慮しなくていいぞ」
「………」

源田は言いながら立ち上がり、給湯室へ向かった。背中を伸ばすと骨が鳴る。じっくりと時間をかけて、コーヒーとオレンジジュースをコップに注いだ。
はあ、と大きなため息をして、気合いを入れ直すと人形の前に戻ってきた。

「…どうした?トイレか?」
「………」
戻ってくると人形は立っていた。驚きはしたが動きがあったことでなんとなく進展を感じる。手洗いの場所を説明すると、椅子に座って相手を見た。動かない。
コーヒーを一口飲み、また見る。やはり動かない。
「………」
もしかしたら外人かもしれない。だとしたら納得いく。気がする。
などと考えていたら人形が口を利いた。

「…もう、いい?」

「…は?もういい?」
「もう行くよ…」
「行く?何処に?いや違うダメだ待て」
「………」

人形の言うことはやはりわからない。同じく夜勤の先輩は仮眠をとっているし、わざわざ起こすことではない。
「家に帰ると言うことか?」
「…家?」
「自宅に帰る、って意味じゃないのか」
「ちがうよ。仕事の邪魔になるだろうから、もう行く」
「いやこれも仕事だから」
あ、しまった…
嫌な言い方に聞こえたかもしれない。思わず言ったことで他意はない。他意は無いが、これは…

「いいよ」
「…は?」
「気にしないで」

人形はそう言ってガラス戸に手を掛ける。最初から胸を打つような悲しい声色だと思ったが、気にしないで、なんて。
「だめ、駄目だ。座って。君はきちんと家に帰す。」
「………」
「こんな時間に子供が外を彷徨くなんて許可できないよ。座りなさい」
「……気にしないで」
「いいから、座って」

二度と気にしないでと言わないで欲しかった。あまりに冷たく苦しい思いをさせてくれる。不思議な声の子供だと思った。

「……名前は」
「……さくま」
「さくま。佐久間か。漢字はこれでいいか」
「うん」
「立ってないで、掛けなさい。他の飲み物が良ければ持ってくるぞ」
「……気にしないで…」

…三度目には、愕然とした。
悲しい。
悲しい、悲しい、悲しい、……
なんて声だ…
ようやく質問に答えてくれた喜びが、その一言で消し飛んでしまった。

「……佐久間、名前は…」
「……言わなくちゃだめ」
「そうだな。できれば。」
「…、じろう」
「じろう。男の子か。漢字はこれであってるか」
「………」
「…次郎?」
「………」
ここに来てまた急に黙るのか。
「次郎、どうした?」
「………」
「…具合でも悪いのか」
「………薬」
「薬?……薬って?」
まさか、麻薬。そう考えると一気に言動の不審さに合点が行く。
「薬を飲まなかった。そしたらどうでもよくなって、こんな所まで来てしまった」
「なんだって?」
「…家の人、なんて…」
「次郎、お前まさか薬って」
「……狗が」
「…いぬだと?」

侮蔑を込めた言い方だった。いぬがどうした、と言うのではなく、つまり、犬畜生めが、と言われたのだ。脈絡の無い話し振りが、ますます薬物を疑わせる。

「どうでもいいんだ」
「おい、お前本当に、覚醒剤とか使ってないか」
「おれの事なんか、どうでもいいんだ。狗は」
「お前…!答えろ」
「家になんか帰らない。何処にも行けない。狗がおれをどうでもいいと思ってるのなんてとっくにばれてる。此処からは居なくなるから、構わないでくれ二度と。二度と二度と二度と」

淡々としているのに、泣き叫ぶよりもずっと悲痛な声だと思った。

「…次郎…」
「………」
「…話してくれ。保護も補導も関係ない。俺にお前の話を聞かせてくれ。」

本当に純粋にそう思った。どういう心情からかはわからない。
ただ次郎が痛々しくて、あまりにも痛々しくて、いたたまれない。
「次郎」
「狗。関係ないならおれは行く。保護したって補導したっておれを帰す家なんかないぜ。」
「聞かせてくれ」
「職務怠慢にならないってわかって、安心したろ。じゃあな」
「次郎、座れ!」

次郎はそのまま出ていこうと戸を開けかけた。源田は素早く立ち上がり、腕を掴んで引き留めた。

「おい、」
「座りなさい。話を聞く。家が無いなら尚更だ」
「離せよ、叫ぶぞ」
「叫んだところで駆け付けるのは警察官。意味がないだろ」
「いやっ、やめろ…」
半ば無理やり椅子に座らせる。男子相手なら多少の乱暴も許されるだろうと思ったが、押し付けた肩があまりに細い。男にしてはあまりにも。
「…狗が」
「またそれか。さあ話を聞くぞ。何時間でも」
「警察官に乱暴された」
「乱暴じゃない。ちょっと強引に座らせただけだ」
「……構わないで欲しい」
「……次郎…」
「もういいんだ。放っておいてくれ。おれのことは、構わないでくれ」
「一体何がそう思わせるんだ。俺は構うぞ、次郎」
「………」

もういいんだ、と呟いて、次郎はかっくり項垂れた。その力無い姿が庇護欲を掻き立てる。

「次郎、もし、俺を信じて、少しでも話してくれる気があるなら朝まで待ってくれないか。
君に俺の家の鍵を渡す。送っていくから仕事が終わるまで部屋で待ってて欲しい」

「……はあ?」
「お前はきっとおざなりに、お前を保護して強制的に家に帰したり、いい顔しながらどうでもいいような、そういう扱いを俺たち狗からされたことがある」
言いながら、荷物の中から鍵を探す。
「それも、たぶん何回も。君はまだ15、6だろう。それに女の子だな」
「な、…なにを」
「声が細いし、さっき触った腕も肩も細かった。髪も男にしては綺麗すぎる。何より仕草がどうしても、な」
「……だからなに」
「だから、今から送る。鍵を預けるよ。信用してくれ」
次郎の手に鍵を握らせる。柔らかい手は冷えていた。
「何があったかわからないが、友達になろう。」
「…さっきまでクスリがどうとか言ってたくせに」
「それも聞こう。全部聞こう。ただし朝になってからだが」
「犯罪者かもよ。空き巣して消えるかも」
「だったらわざわざ言わないだろう」
源田は次郎の手を取った。途端に慌てて手を引こうとする次郎だったが、生憎大人の男の力にかなうわけもない。

「離せよ!」
「照れるな」
「殴るぞ!」
「それ逮捕」

寝ている先輩に一言、ちょっと出てくると曖昧に言って、名前だけが記された、ほぼ空欄の書類を捨てた。
「さて行くか」
「手、手…!」
「離したら逃げそうだ。こんな時間じゃ誰も見てない。それとも手錠の方がいいか」
「やだっ…」
「だろう。行くぞ次郎。偽名だろうが」
「………」

ぶつぶつと不満を呟く不良と、にこにことそれを見て歩く狗。


朝になって、その不良のフードの下を見た狗は、
不良を家に連れ込んだ自分を酷く後悔する。


「なんだ…えらく…可愛いな…」
「おかえりわんわん」
「狗じゃないのか」
「変な狗う」

着込んだパーカやジャージを脱ぎ捨てた体は、
予想に反してあまりにも…

「…可愛いな」
「お前、結構恥ずかしいやつだな」

不良は呆れた声で笑った。





2011.03.02.








***

これ番外とか続編書きたい。
新米警官×不良少女。タノシイワーイ。
佐久間の家は裕福だけど荒んでる設定。悲惨笑