「オレと遊んで彼氏怒らない?」
「は?」
「彼氏。不動」
「はあ…?」

綱海は佐久間を気に入っていた。

大会中性別を見破っていたわけではないが、地元でにいにと慕ってくれる子供たちの中の、ある控えめな女の子によく似ていると感じていた。
勝ち気で活発なその子の兄に比べおっとりとして慎ましいが、時々驚くほどの賢さを見せるところ等がそう思わせる要因だろう。
その子に思う兄心のような気持ちを、佐久間にも感じる時がある。

今もそう。
彼氏をチェック。

「あれ?付き合ってんじゃないの?」
「まさか。なんで」
「えー…なんとなく?」
「余計わからないな。理由が無いってこと?」
佐久間は本当に不思議そうに言った。
「…仲が良かったから」
「そう?」
「不動はお前を好きだと思ってた。女の子だったって聞いて、あ、じゃあそうなんだって思った」
自分で言って、我ながら分かりにくい話し方をしたと思う。どうも理由だとか理屈を言葉にするのは得意ではない。
「それ、不動に言ったら怒られるぞ」
「えっ?なんで」
「不動は大切な恋人が居るし、おれは嘘つきと嫌われている」
「あっ、おれって言った!」
「あ、フフ。聞かなかったことにね」
優雅な笑い方。
多少、面くらいはするが佐久間であることにかわりは無い。スカート姿も案外あっさり受け入れたし、性格の変化も特に無い。
佐久間は佐久間だ。
それを不動はどうしてわからないんだろう。
「嘘つきかぁ…でも仕方なくね?やりたくてやってた訳じゃねえんだろ」
「あはは。そりゃ、子供の頃はね。なんでだろうと思ったけど」
「今は?あ、今はっつか」
「今は平気。でも不思議。女の子でも男の子でも、どっちでもないような気分」
きっとしばらくはね、と、佐久間は笑った。
苦しそうでも、無理をしている風でも無かった。
それはともかくとして、不動に嫌われてしまっていても、気にならないのだろうか。
「仲良かったのにな…」
残念そうな綱海の声に佐久間は微笑む。そうだったらいいのにな、と、少しだけ思う。

不動から嫌われる、それが初めてでもない。

大会中の敵意、部活中の怒号、初対面の時など監禁されていたのだ。まともな間柄ではない。
殴られたし蹴られた。きついボールを当てられたりもした。毎日毎日心の底からお前のような奴が憎い、バカな金持ち、世間知らずと罵られていた。
(…何を話したわけでも無いのにな…)
潜水艦での不動の怒りは謎めいていて理解できない。
今も時々考えてみるが、バカな金持ちはさておいて、どうしてあんなにも苛立ちに満ちていたのだろう。
「お前と居ると不動も落ち着いて、危険な風には見えなかったよ」
思考に深く陥りそうになった時、綱海が懐かしそうに言う。
「危険な風って?」
「ん?危険だったろ。プレーも危ない性格も危ない」
「…そう?」
「だってお前、ずいぶんな事されたんだろ?聞いた話じゃあリンチに遭ったり…
そういう目に遭ってよく、その、仲良くなれたな…」
言いながら途中で綱海は顔を曇らせた。その理由がわからず様子を伺っていたが、どうやら自分を佐久間の立場に置き換えて考えてみたようだ。
「ゼッテー許せなくね?」
「うーん…」
「なんで?どうして?訊いちゃダメかなとか考えてたけど、マジでさ、不思議なんよホント」
「………」
佐久間の心境を考えていたのならば、それは無駄だった。
佐久間自身自分でよくわかっていない。
源田を守らなきゃと思って苦しかった。しかし不動がどうだとか、憎いとか、そんなことは無かった。
その向こうに影山が居て、この様を笑って居るのだとしたら許せないと思っていた。どう考えたってどうしようもなくくだらない企てに、小さな子供までもを連れ込んで、狂気に嫌悪を覚えていた。
殴られても、蹴られても、根源を挫かねばならないと焦っていた。
逃げろと呟き続ける源田が痛ましく、自分の無力さが辛かった。
「実は自分でも不思議」
「えっ?わかってないってこと?」
「うーん…何ていうか、あの時源田が凄く弱って、本当にこのまま死んじゃうんじゃないかって怖かった」
「うん」
「でもそれが不動のせいだとか、不動が憎いとかは無かったんだ」
「ええ?なんで?ますますわかんない」
「黒幕を知ってたからな」

たぶん、そう。

佐久間には不動さえも救わなければならない相手だった。
たとえ喜んで従っていて、手先として働いて居たのだとしても、巻き込まれた哀れな子供。
眠りに落ちれば二度と自分として目覚めることが出来ないかもしれない。そういう力に飲み込まれ、善悪も無しにやらされている。

そう思っていた。

本当のことは今もわからない。少なくとも全てが彼の意思だったとは思えない。
何故彼があの船に居たか。影山とどんなやり取りがあったか。彼にもあの洗脳と戦う日々が有ったのか。
そんなことも知らない。

「私不動のこと何も知らない」

呟いた言葉は綱海に鈍い遺恨を残したまま、その日は別れた。



父親の接触の理由が曖昧ながら理解できた時、不動は初めてパフェを頼んだ。
今まで一度も食べたことが無い。興味も無かったが以前恋人ががつがつと口に運ぶのを見ておぞましい食い物だと感じた。
まがまがしい。

どん、と重量を感じさせる音を立てて目の前に置かれたチョコレートパフェ。
目の前にあるだけで自分はバカですと宣言しているように思えた。
そびえ立つソフトクリームの向こうには、頬の痩けた馬鹿野郎。
立ち上がり、重いガラスの入れ物をつかむとカラフルなトッピングの散ったソフトクリームが父親の顔面で飛び散るのが見えた。

一瞬で、でもスローで。

「ごちそうさまァ」
「……」
「おいしかったァーパパありがとおー」
カバンを持ち上げ肩にかけると右手にパフェの残骸が見えた。
(カバンについたクソッ)
間抜けなBGMだけが響く店を後に、父親を振り返りもしなかった。


店から出た後佐久間を見た。
綱海に手を振り駅に向かう姿。

その日はポニーテールだった。



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