綱海が自分と同じように推薦から上京し、こちらの高校に通っていることは知っていた。
小鳥遊からのタレコミを鬼道に告げると、あいつら割と仲良かったからな、と意外でも無さそうに答える。
フラれた云々の辺りは割愛した。
「それをなんでお前にわざわざ言うんだ小鳥遊って奴は」
「さあ…」
「俺のとこには来てないけどな」
源田に至っては気にもならないように言う。
「はあ?なんでお前にも言いに来ると思うのよ」
「一応お前と同じように、チームメイトだったんだが。忘れたか?
それに佐久間と会ってるようだから」
忘れたか、という部分は皮肉っぽい言い方だったが、不動が言えば源田のように上品な皮肉にならないだろう。
とか考えていたらいつの間にか辺見が源田の背後に居る。
「そういえばボランティアで一緒になったとか言ってたな」
真後ろに立たれて源田がびくりと背を痙攣させたのを見て鬼道がのんきな笑い声を上げた。
「ボランティアだぁ?」
「小鳥遊って武蔵野の姉妹校行ってるだろ。一緒に養護施設のボランティアやってるらしいぜ」
「はぁー…ボランティアね…」
出来るだけ興味の無いように言ったつもりだったが、現在の佐久間の様子を知らないのは自分だけだと思い知ると息が詰まるような感覚を覚えた。

綱海に会ってる。小鳥遊と合同ボランティアに参加している。
それから?

自分が知るのは遠い向こうでスカートをはいた姿だけ。あの小さく見えた一瞬だけ。
「基山のとこに行ってるんだろ」
「ああ、おひさま園?あ、そうなの?それは知らなかった」
源田と辺見は佐久間の話を続けて居て、鬼道はもう会話に参加するのをやめたようだ。雑誌をペラペラめくっている。
「意外に子供好きなんだな」
「あいつボヤッとしてるからなー子供の世話なんかつとまるの?」
「俺も同じこと言った。そしたら失礼しちゃうな、だって」
「本人に言っちゃったの?アハハ!そら怒るわ」

源田と辺見の話を聞いていないフリをして得た情報によると、
綱海と会ってる。ヒロトのトコの養護施設でボランティアしてる。小鳥遊とは友達で、ボランティア以外でも一緒に過ごすことがある。染岡とも仲が良く、たまに会って話している。

佐久間は不動の知らない場所で生きている。

“区切られた佐久間”のどの期間にも属さない今の佐久間は、不動に不安な気持ちを抱かせる。
幻や、思い出せない事のように、ぐらぐらしている。
(佐久間は死んだ)
不動は“最後の佐久間”の消失によって、事の顛末をそう結論付けていた。うまくいけば上手に忘れられる。実際声や仕草の一部など、曖昧になってきている。上々だ。
しかし“今の佐久間”の話を聞くと死んだ佐久間とは他人なのだとどうしたって思えない。
亡霊がゆらゆらと歩み、誰かの記憶に残る。
そんな感覚だ。


綱海と会ってるからといって自分に何の関係があるのか、と考えると、小鳥遊のフラれた、というセリフからしても俺が佐久間に好意を寄せていると勘違いされていたからだ。
では何故そんなわけのわからない誤解が生まれたのか。
小鳥遊が自分の様子を見てそう思ったならまだいいのだが、全く接触が無かったのに様子を見てどうのというのは奇妙な話だ。
(となると考えられるのは、誰かがそう言った…)
しかし小鳥遊は佐久間がそんなことを言う人間ではないと、さも不動よりよく知っているかのように言い捨てた。
言い様に腹は立つがそれが正しいならば(確かにそうだと思う)、仮説だが、誰かから見てそう見えて、あるいは誰からもそう見えて、噂になっていたということだろうか。
またはそうだと確信を持った誰かが小鳥遊にまことしやかに告げたか…

どうであれ誤解だというのに本当のことのように浸透してしまうのは困る。
今のところ小鳥遊からのみ言われた事ではあるが、出所がわからない以上広まる可能性が無いとは言えない。
困る?
恋人が知ったら面倒。
世界大会のチームメイトが知ったら?もっと面倒。
佐久間が知らないとして、知ったら?
(…肯定したりして)
殴った腹いせにでも。

小鳥遊の発言の根拠について自分がそう思っただけだと答えてはいたが、それなら何故そう思ったのかまでは話さずに言い切った点でますます合点のいかない話である。
そこばかり悩んでいるだけで、不動は気持ちを考えない。
ああ言われてあの時自分が何を感じたのか、露骨な無視なのにそれさえも自覚できないので答えなどは出ないのだ。



教室から出ると木枠の窓が並んでいる。階段付近は改装されて新しいサッシになっているが、この学校はまだ使えるものをやたらに取り替えない主義らしい。
金持ちがこぞって通う学校のくせにケチくさいと思っていたが、あらゆる方針のほとんどにぎりりとした芯や筋が見える。昔かたぎとでも言うだろうか。
木枠の窓から見える渡り廊下は図書室や実習室がある校舎に続いて居る。
一階と二階にしか無いので三階からは二階に降りなければならないが、そんなことより時たま佐久間が一階の渡り廊下を歩く。
その場面を何度か見ていた。
いつもバサバサと無秩序に広がっていたような伸ばしっぱなしの髪だったはずが、きちんと一本に結わえられたり編まれたり、どういう仕組みになっているのか丸く纏められたりしている。
ちゃんと揃えて整えれば綺麗な髪だろうと思っていた。
それがこんな形で証明されたのは本意でも無いがどうでもいい。
あれは亡霊なのだ。
自分には何の関係も影響も無い。亡霊はふらふらと綱海や染岡に会い、小鳥遊と遊んだり孤児たちの世話をしたりしている。
頭がひどく緊張して目覚める夜がある。
亡霊でもいいから傍に立っていて欲しかった。
触れられなくても話さなくてもいい。“アレ”がまとう空気の中に、俺も居させて欲しい。
そうすればあの頃のように、安らかに眠れる気がする。

それだけが俺の望みだ。




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