chapter.14



そういったお問い合わせは、お答えできかねます。

予想していたままの返事だ。人の良さそうな、親切そうな声はそれにこちらが何と言う前に失礼いたしますと電話を切った。
ちくしょう。
源田は佐久間の友人だと伝え、彼がストーカー被害に遭っていたと聞いていて、それで最近全く連絡が取れないことを心配している、と、多少聞いた話とは湾曲させたが、全くのとも言えない範囲の嘘をついた。
夏休み前に例のブランドのオフィスに電話を掛けた際の、あまりに正直に名乗り、用件を突飛に突き付け過ぎたという反省を活かし…
結果は惨敗だったが。
(怒ってもいいから、連絡くれたら…)


定家一門の中にはテレビや映画で俳優活動をしている役者も居るので、認知度は高い。
何代目ナントカとか、わからないが、佐久間にももちろん芸名がある。あった、という方が正しいだろうか。
源田が見る限り佐久間はもう舞台に何の興味も執着も無いように感じる。
今の気ままなやり方が彼の性なのだとしたら、苦しい中に居たのかもしれない。

右目の欠損は彼自身が、自分で抉ったのだと聞いた。

噂でだ。本人から聞かされたわけではないし、これからもその時何が起こったのか語られることは無いだろうと思う。
佐久間は歌舞伎ならではの、男性が女性役を演じる、女形を得意としていた。
容姿だけ見たら納得かもしれないが、内面あれほど勇ましい男に、源田は出会ったことがない。
それでも舞台に立てば美しいし、華やかな遊女や健気な少女、ごうつくばり女や殺される女でさえも、話が何であれ主役が誰であれ、佐久間の演じた役はジリッと焦げるような印象を残す。
佐久間だけ見ていては違いがわからないから、他の役者が演じている同じ演目も観られるだけ観た。
佐久間に対する特別な感情を出来るだけ捨てて観た結果、彼の演技には飾り気が無い気がする、という感想にたどり着く。
役者はそれぞれの個性を以て役に人格を持たせるが、佐久間は素に近い。仕草や表情も、ほとんど作らない。
結果、ああ、こういう感情を表現したいのだな、と、わからない。
それが何故か強烈な印象を残すものの正体ではないだろうか?
素人の感想だから当てにはならないとは思うが、佐久間の演技に対する評価は類を見ない程真っ二つである。
一方は大根役者、棒読み役者、七光りだの表現力が全く無いだの。そして一方は源田と同じように、焦げ付くような印象を刻み付けられた人々だ。
まぁまぁとか、悪くは無いといったような曖昧な評価は彼には無縁だった。
でも、だからこそ、きっと役者でも大成しただろう。
舞台で輝く佐久間を見守るのも幸せに思えた。だけどもう一緒に過ごす時間の歓びを知ってしまった。

目を抉ったのは本番中、衣装を身に付けもう出番という時に、突然かんざしを抜き右目を刺し、そのかんざしを袖から舞台に投げつけたという。

ワイドショーで一度だけ観たが、その時は事故だったと報道されていた。

定家らいてう、本番中にかんざしが目に刺さる。公演は中止。
全治2ヶ月。視力回復は絶望的!

中学の時の同級生が、その報道よりも前に知らせてくれていたから驚かずに済んだ。
しかし華やかな花魁姿の佐久間が何度も画面にうつる度、今すぐ飛んでいって手を握って、大丈夫だよと元気付けてあげたい、という、後で考えればちょっと普通では無い想いでいた。
何せ何回か話したことがあるだけの、同じ学年の男子。それが佐久間と自分の関係だったのだから。



『お前何した?』
「あっ、佐久間!よかった、心配してたんだ…
大丈夫か?何か事故とか、怪我とか、病気とか…」
『うるせえ』
「………」
佐久間がやっと電話に出てくれたのは、定家の広報部に連絡してから4日後だった。
「どうかしたか?不機嫌だな」
心当たりはたくさんあったが、とぼけることにした。
『わかってるだろゲスヤロー』
佐久間はそれをあっさり見抜いて舌打ちする。
「ひどいなぁ。俺何かしたか?」
『定家に電話しただろう。許さないからな』
「えっ…」
とぼけることに徹するつもりで、あっさり動揺してしまう。何を言っているのかわからない、という戸惑いだと思ってくれればいいと思うが、佐久間はお見通しだった。
『エ?エじゃねぇよボケ。今から行くとこだったわゲス男』
「うわぁ、口悪いなぁ」
『お前ホントおかしいよ。どうかしてるよ頭狂ってる』
かんざしで目を刺す男に言われたく無い。どこか冷静な頭でそう思ったが、嫌われた嫌われたとサイレンのように恐怖が反響する。
「今から来るの?時間遅いから気を付けて…あ、迎えに行こうか?」
『いい。行かない。明日行く。殴るから』
「えっ殴るぅ?なんで」
『黙れ。許さないからな』

電話は切れた。もう一度かけても今度は応答してくれなかった。

『ワイドショーでは事故っつってたけど本当は自分で刺したらしいぜ。親への反抗じゃねぇかってハナシだけど、目ェ刺すとかやり過ぎじゃね?』
そう教えてくれたのは、(名前を忘れたが)噂好きの奴だった。一体どこから仕入れた話だったのか当時の源田には美しく凛々しかった佐久間の目が失われたという事があまりに衝撃でそんな事まで気にしている余裕は無かった。
ショックで学校を2回早退し、寝不足が重なって部活中倒れた。
それがなんとか落ち着いた頃に、視力はやっぱり回復しない。眼球が完全にダメになったと聞いて、また生活が乱れた。
そしてやっぱりあの美しい手を取って、大丈夫だよと励ます自分の姿を思い浮かべる。
その時佐久間は黙っていて、決まって源田は泣いていた。
想像の中で自分が何故泣くのか、その頃源田にはわからなかった。



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