※ 他のキャラにすればよかったな〜


素直な人間じゃないから意地を張って失敗することはよくある。
そんな性質がなくなるまでいかないでも、せめてもう少し、緩むというか、和らぐというか、そうなればいいのにとたまに思う。子供っぽくて恥ずかしいし、それによる失敗はさらに恥ずかしい。
風介はうんと小さい頃から一緒に居るが、こんな俺にも愛想をつかすこともなく、やさしい。

本当は感謝してる。

庇ってもらったこともたくさんあるし、呆れられても仕方ないと自分で思うのに。
感謝してると言えたらいいのに。

「いちいち、おせっかいなんだよお前」
「わかったよ、ゴメン」
「チッ」
「ふふ…」
風介は何につけても強く言うということが無いから、ぼんやりしてそうに見られがちだ。反対に俺は発言がいちいち尖るから、主張が強いしっかり者だと勘違いされる。
実際の俺はあんまり物事を難しく考えて無いし、風介は物知りでとても思慮深い。
「でも晴矢、かぶれちゃったら面倒くさいから」
「………」
「今薬塗っとく方が楽ちんだよ」
「………」
かぶれちゃったら大変でしょ!薬塗るくらい面倒がらないで!
こう言われたら俺は激しい反発をおぼえるだろう。
風介は素でそうなのかわからないが俺を従わせる言葉の選び方がうまい。
はっとすると風介の思うように動かされている。そんな時しみじみそう思う。
「ピアスあけるなんて…急にどうしたの」
「なんだっていいだろ」
「似合うけどビックリしたから」
「……」
「はい消毒オワリ」
「別にただの興味本位だよ」
「そうなの。似合うよ。ホールが綺麗に安定すればいいね」
あいつ笑わねえな、とクラスの誰かが言っていた。
風介は案外笑う。綺麗な顔してると思う。
風介が微笑むと、俺はなんだか胸がスッとして、気分が落ち着くんだ。一生言わないだろうけど。

そんな風介に対して耐え難い恐怖を感じるとは、他の何が起きたとしたってあり得る事とは考えなかった。

それはひょんな事から始まった。
学校での休み時間、クラスメートが言った。
「涼野きのう本屋に居たよな。駅前の本屋」
「え…?居ない…」
「声かけたんだぜ。気付かないで行っちゃうんだもんな」
「居ないよ…」
風介は戸惑い、首をかしげた。俺は風介が昨日本屋に居なかったという証人である。
「昨日、俺ら部活だったし、帰りはまっすぐ帰ったぜ」
「あれ?おかしいなァ。涼野だと思ったけど」
クラスメートは不思議そうにしながらも、大して気にした風も無かった。ただ赤の他人に親しげに声をかけてしまったと笑った。

それから大体週に一回、「涼野いついつにどこそこに居たよね」は報告された。

「アンタ自転車通学じゃなかった?昨日電車乗ってたよね」
「南口のドーナツショップに居たよね。あそこおいしいよねぇ」
「7時頃噴水公園に居ただろ。オレ、ランニングしてて見たぜ」
「おととい映画館に居たよね。何観たの?面白かった?」

「やだ…ゾッとする……」

何事にもさして動揺しない風介だったが今回ばかりは困惑していた。かわいそうに思えてなんとか気を紛らわせようといろいろ冗談を言ってみたが、不安や混乱を抱えた時に風介はまずその原因に対峙しようとするタイプだ。
「誰かよく似たヤツが居るってことだろ。みんな見間違えたんだよ」
「そうだとは思うけど、あんまり頻繁だから…」
最初はこんな調子だった。
しかしその“似たヤツ”の報告は時に1日2件を越えた。つまり重複したのだ。
「駅前のコンビニで夕方6時くらいに見たって言われた」
「踏切のとこのスーパーで見たってのも、夕方6時くらいじゃなかったか」
「ああ…うん」
ゾッとする、と言ってうつむいてしまった時と同じ表情を浮かべて風介は黙る。
「ドッペルゲンガーってやつ?俺前テレビで観たぜ」
笑ってやっても風介は表情を変えない。うんざりと思っているのか、恐怖を感じているのか。
「それかアレかな。世の中には3人似た人が居るってやつ」
「どうしたらいいんだろう…」
「え…どうしたらって…」
いつになく真剣な声に返事ができないでいると、風介は今まで見たことのない不思議な笑みを浮かべて言った。
「だってもう、自分が本物だってわかんない。自信無いよ」

泣きそうに見えた。

「わぁ、涼野もあけたの?意外」
「に、似合わないよね…」
「いやー、結構似合うよ。南雲にやってもらったの?」
「うん。頼んだわけじゃ…無いんだけど」
風介は照れたように髪を撫でている。
ピアスは風介の容貌に似合わないわけでは無く、むしろ魅力を増長したように見える。ただ風介の柔和な人柄に意外性を与える効果をもたらした。
『さ、これで誰もお前を間違えねぇよ。いっつもつけとけよな』
『じんじんする…』
本当は両耳に開けるつもりだったが白くてふわふわした耳たぶに触れてしまったらなんとなく勿体なく感じて、片方に2つ開けることにした。
『おお、なんだ似合うじゃん。カワイーぜ』
『か、かわいい?嬉しくないよ…何言ってるの…』
痛みに顔をしかめながら、でもありがとうと笑った風介。

自分が自分か自信が無いなんて、そんなのテレビやゲームじゃあるまいし、何言ってんだコイツ、と一瞬は思った。
だけどあいつ怯えてたし、気休めくらいにはなるだろうと思って、“風介の証拠”になるピアスを開けてやった。

でもそれから2週間経って俺は体が縮んで干からびるんじゃねぇか、ってくらいビビることになる。


今隣の席で授業を受けてる風介は誰なのだろう。


おかしな言い方だがそうとしか言い様が無い。
ピアスホールが無い風介。俺があげたピアスはもちろん、あけた穴が10日そこらで綺麗に消えたりするものか。
クラスメートもそわそわしている。
みんなが何処かで見た、“風介”が、今ここで何食わぬ様子で学校に来て、授業を受け、そしてきっと風介の家へ帰る。

この“風介”は俺との過去もちゃんと知っていて、全く同じように笑うし、書く字もそっくりそのままで、風介のままの声で呼ぶ。
今日までの感謝の言葉を一度も言えなかったと思う。
そして今から告げてももう届かないきっと。

だけど「お前は誰だ」とは言えなかった。

俺もまた、ピアスを開けた風介が果たして、本物なのかわからないからだ。




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