chapter.13



身に余る贅沢なキャンプをして、佐久間との距離が縮まった。
素晴らしい夏だ。

別れた恋人から4、5回電話が来たが、タイミングが悪くて出られなかった。
すると無視するなと怒りが書き込まれたメールも届いた。
一瞬気分が悪くなったが、すぐに佐久間を思い出してそんな嫌な気分はかすむ。
なにをしていてもなにを考えていても、佐久間と過ごした時間が溢れてきて、幸福感に包まれる。

帰国からずっとだ。

帰国してからすぐに、とっても鬱陶しがる佐久間からほとんど無理やり聞き出した夏休みの予定によると、今は実習で会えないという期間だ。
佐久間にはどうせ会えないその期間に、友人の辺見から誘われて、出かけることにした。
車で移動中、新装改築中の歌舞伎座の前を通って、あっと思う。
思わず身を乗り出した。
「どしたあ?」
「あ、や、…歌舞伎座…」
「ああ、新しくなるんだもんな。中学の時親戚に連れて来られたけど、いやあ…」
「何?」
見ると辺見は苦笑いをしている。
「意味、わかんなくて」
「意味って、話の?」
「だって、なんつうの。セリフもウニャウニャしたりよ、かと思えばドス利かせたりよ」
よっぽど退屈だったらしい。いい思い出では無いようだ。
「ウニャウニャって」
つい笑う。
「だって、するだろ。ウニャウニャフニャフニャ。ヨヨヨヨヨ〜ってよ」
「ぶっは、やめろよ」
辺見が見たのは、何だったのだろう。
源田は実際に観劇したことは無かった。
小学生の頃授業で映像に収められたものを観たのが初めで、その時佐久間がうつっていたのは後で気付いた。
「そいや、お前彼女と別れたってな」
映像ではあったが、初めて観た歌舞伎の舞台を思い出していると、辺見が愉快そうに言った。
「え?ああ、うん」
「またかよ」
「またって…人聞きの悪い。悪い事してるみたいじゃん」
「悪い事だろ。悪い男だ。女の子を使い捨てみたいにして」
「そんな…」
理由があるんだと主張したところで、その理由について根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だ。
辺見は人が喋りたく無いことを無理やり聞き出すような真似はしない。それでももし佐久間に引き合わせるような結果になってしまったら、万が一にでも…
言いたくなさそうに見えたのだろう。
辺見はまた話題を変えた。
それからいくつかの話題転換を経て、唐突のこと。

「そういやお前、佐久間と知り合いなんだってな」
言い忘れていたことに驚いているような言い方だった。
「えっ…何?」
運転席の友人を、つい凝視してしまう。その反応に気付いたのだろう。こちらを見ないままに、辺見は笑った。
「驚きすぎ」
「えっ…いや、…だっ、だって」
「あー、俺佐久間と小学校と高校同じな」
「………」
「中学の時はあいつ親戚の家だかに居たもんな。学区が別れてよぉ」
「………」
「ちょっと、お前マジびびりすぎ」
信号で停まると辺見は一層けたけたと笑った。

それからその日は佐久間のことばかりを話していた気がする。


実習から戻ったはずの佐久間は全く電話に出てくれなかった。
良くないことと思いはしても、怪我や体調不良が心配になって彼がモデルを務めるブランドの支部についまた問い合わせてしまったりもした。
『すみません、本当に、そういうの教えられないんです』
何度もかけた電話のせいで受付の女性がだいぶん砕けた話し方をするようになっていった。
『余計なお世話だろうけど、あまりしつこくするの嫌われるわよ。ジロちゃん、束縛は苦手じゃないかしら』
とうとうそんなことまで言われ、ああ、わかってるんだとは思いはすれど。
連絡が取れないのが心配で、と告げれば、元気ですよと信じようも無いことを言われて辛くなる。

『よぅよぅアンタか。ジロウに言い寄ってるっての』
「えっ…誰です…?」
それから何回目かもわからなくなった電話で突然いつもの受付嬢からカラッとした声の女性に変わった。
驚きのあまり子供のような返事をしてしまう。
そして過去に佐久間が言った、
“ババア”を思い出す。きっとそうだ。この人だ。
『酔狂だねぇ。あんなトンチキのアバズレ好きなんて。アンタ変わってるよぉ』
「ア、アバズレって…」
男ですよ、と言おうとして、なんだかその否定もおかしい気がした。
『アバズレよ。なんつうの。自由なのよフリーなの。気になんないタチなのね。アタシはタチ悪いと思うわ』
「………酔ってるんです?」
『アハハ、バァカ。誰が大好きな仕事中に飲むか』
初めて接する相手に対して無礼ができる自分ではない。源田は己をそう自負していたが意外にそうでもないらしい。
それとも単にこの女性が、無礼を気にしないように感じたのか。
『あいつ考え無しに相手選ぶから厄介なの引っ掻けたりさァ』
「はぁ…」
『つきまとわれて襲われかけたりヒドイのが拉致されかけたりね』
けたけたと笑う笑い声が、なんとなくだが辺見と似ていた。
「拉致って…」
『アラ。わかるでしょお?
あいつね、ちょっとこう…心酔されちゃう感じがあるのよ。なんていうの?カルトよね』
何を言われそうになっているかようやく気付いて声がつまる。
『アンタも気を付けてよね』

笑いを含んだため息が聞こえ、電話は切れた。

(拉致だなんて…そんなことあったんだ。佐久間、大丈夫かな)
手厳しい牽制を受けても源田は純粋に佐久間が心配でたまらなかった。むしろ余計心配になった。

もう、これしかない。

佐久間に激怒されることも覚悟して、定家一門の広報口に電話をかける。
源田は狂気に近付いていくような自分を、このときはまだ自覚していた。



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