やり方はいろいろあるらしいし、何が正しいってことはもしかしたら無いのかも。
今日は蝋燭を消したら人数を数えると聞いたけど、田舎の親戚のところでは蝋燭は一回ごとに消すのだとか。
やりたくは無かった。
でも彼と一緒に居られるからと思うと断れなかった。


「だから、そのお地蔵さまには首が無いんだって。…おしまい」
言い終えて後輩の女の子はにこりと笑う。
得意げで、周囲の反応に満足して見えた。
「もーやだぁー、こわいー」
「今のは結構面白かったなぁ。
次、誰いく?」
すると隣の女の子が手を挙げる。
「あんまり自信無いんだけど…」
「いいよいいよ。自信ある方が困るって」
蝋燭なんて頼りない光では、せいぜい手元や見えて口元あたりがぼんやり照らされる程度。
合宿で火を使ったなんて知れたら部活動謹慎処分もあり得る。でもみんなそんなこと全然、気にもならないみたいだ。

隣で手を挙げた女の子は、多分、木野さんだろう。
「叔父さんから聞いた話なんだけどね…」
「うわ、実話かよー」
「しぃ、静かに」
怖がりな人が2人くらい居て、全然平気な感じの人が3人くらい。純粋に楽しんでいる人が2人。そして最初から怪奇心霊現象を信じてなさそうな人が2人くらい。
それから、興味が無いのが1人。私ね。怪談は信じる信じない以前に馬鹿馬鹿しさを覚える私には、退屈でしかない百物語。
「叔父さんは小さいころ…」
物語は進んで行く。
百の怪談が終わった時に、中央の蝋燭を消して点呼を取る。すると人数が増えるとか減るとかいう話だけどそれって物理学的にあり得なくないかしら。
「その神社には立派な御神木があって…」
前にのめるようにして聞いている人も、反対に仰け反るようにして怯える人も居る。
人によってこうも反応が両極端な話題というのは怪談くらいかもしれないな。
「うわぁー怖えー」
「木野、それ実話かよぉ」
「うん多分ね。叔父さんが体験したことだから」
「あーもう無理寝れない怖い」
怖いと言いながら楽しそうだったり、もはや声に元気が無かったり。
怪談そのものよりも人の反応を楽しんでいたら、とうとう自分の番が来てしまった。
「雷門もいっこは言えよな」
「え…私…知らないわ」
「ダメだよ、参加してるんだからいっこは言わないと」
今の声は、半田くんと松野くん…かしら。
声の認識が曖昧になってきた気がする。みんな非現実的な空間に、何かしら影響されているのかも。
「それじゃあ…つまらないかもしれないけれど、文句は言いっこ無しよ」
木野さんとは反対側の隣には円堂くんが居る。
円堂くんは手を叩いて喜んだ。
わ、私、頑張らなきゃ…
小さく咳払いをして、いざ。
「私が小学校の低学年の時よ」
「うわ来た、実体験」
「すげぇじゃん雷門」
「静かにしろよ、聞こえないって」
確かこの部屋は8畳ね。
女の子も居るとはいえ、8畳の部屋に10人顔を寄せ合えば狭いしなんだか妙な気分になるわ。
「私、学校に忘れ物をしたの。でも取りに行かなかったわ。その日必要な物じゃなかったから」
みんな息を殺すようにして聞いている。
「でも翌日あるはずの場所に無かったの。先生に訊ねたり、クラスメートに一緒に探してもらったわ」
そうだ、でも見つからなかった。
頭の中にあの日の教室の様子が思い浮かぶ。
「誰かが間違って持って帰ってしまったんじゃないかとか、ちょっと意地悪な子なんかは盗んだヤツが居るんだとか、困ったことに騒ぎになってしまって」
なんだか意地悪で、いつもツンとしていたクラスメートの顔も思い出した。その子は盗人が居ると騒いだ後、夏未が注目されたくて嘘をついているとも言い出したのだった。懐かしい。
「そんなに大切なものだった訳でもないのに騒ぎになってしまったのが申し訳なくて、なんだか恥ずかしかったわね。戻ってこなくても、買い換えれば済む物だったんですもの」
「それって何?」
おぼろ灯りの向こうから問うた声が誰のものかわからなかった。
「あら、ええと、何だったかしらね。でも確か、ただの文房具よ」
失くした物自体に大した意味は無いとわかると質問者は興味を失ったようだった。
「でも騒ぎになったからには買い換えるのはなんだか野暮な気がして、それから意地になって探したわ。結局、探してたところには無かったのだけど」
真横に座る円堂くんがこちらを見ているのがなんとなくだけど視界に入る。
「探してたところにはってことは見つかったの」
「ええ。まあね」
話したところで誰も信じはしないだろうと思っていた。実体験と言えば信憑性は薄く感じられるだろうし、あの体験が間違い無く真実だと今の自分には言いきれない。
「検討違いだったのよ。探していた場所は全部。ある時階段でペンケースを落としたの」
ああ、なんだかあの蝋燭は、最後までもたないのではないかしら…。
頼りなく揺れる火を見詰めながら語るあの日を思い出す。
「鏡が…」
「鏡?」
「鏡ってその、ミラー?」
「そうよ。その鏡。鏡があったの。その階段には。踊り場の、登って行って右の壁に」
みんな、その場面を想像しているのだろう。一層静かに、息も潜められる。
「その前で落として、拾ったわ。そして体を起こした時に鏡にうつった自分が見えた」
小学生の夏未。
白いシャツに、ホルダーのついたプリーツスカート。黒か白かのタイツを履いてた。
「そしたらそこに、足元に、私が失くした物が落ちてる。それがうつったの」
驚いた。ペンケースを拾った時には見えなかった。
「あら?でも。ペンケースを拾った時には…」
鏡にうつる夏未は鏡を見詰めながら床に手をのばす。
「それで、手に取ったわ。
きちんとつかめた。
鏡から目を離して、手を見てみたら確かに持ってた。首を傾げちゃったわね」
ふふ、と微笑む懐かしそうな声に周囲から少しの困惑が漏れた。
「それで?」
何が怖い?そう言わんばかり。
「……私、すぐ気付いたわ」
夏未はゆっくり、息をつく。
「鏡は登って右側だった。私は左に向かって立ってた。鏡を見ると鏡の中で、私は拾ったはずのものを持ってないの」
ああ、やだわ。本当に火が消えてしまいそう。
「手には感触もある。目で見れば持ってる。鏡の中では持ってない。ああ、私こっちにきちゃったのねって」
「…こっち?」
「私左利きだったの」
「?」
「あっちではこっちと違って、左利きが多いのよ。それに、時計の進みも反対ね。鏡だもの」
何人かが、後ずさるように身じろぎする。畳がすれてざりりと鳴る。
「私はこっちに干渉した。だからこっちと入れ替わった。本当のところはわからない。こっちとの差異は反対ということくらい。私自身も反転すれば不便も無いわ」
そうでしょ、と呼び掛けると、隣の彼が首をかしげた。
「そういうこと。私の世界はここじゃないの。でも何でもないわ。変わらないもの。向こうには貴方たちも居て、入れ替わった私が居るのよ」

蝋燭はやはり百までもたず、夏未の明るい声を最後に芯が燃え尽きて消えてしまった。




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