※ キャラクターのイメージを損ねる可能性がありますけど今更だね〜



「めんどくせえから一気に上までいかね?そんで、帰りにゆっくり見てこうぜ」
行けども行けども同じ構造の階が続くのだから円堂は飽きて少しむずかっていた。
変化は壁に描かれた下手な落書きや誰かが放置した空きビンやゴミくらい。
「やまないなぁ…」
踊り場を振り返りながら鬼道がつぶやく。
豪炎寺はあれこれ考えていたが、もう円堂にただ付き合うことにした。あの調子では雨でも帰ろうと言い出すかもしれない。

「わっ」

先に進んだ円堂が声を上げる。
鬼道は焦る様子も無く、どうしたとのんきに呼び掛ける。
「屋上だ」
「えっ」
「いや、違う、ええと、最上階」
屋上なわけが無いが、最上階という言葉にも驚く。
豪炎寺は慌てて背後を振り向き踊り場の壁を照らすが、そこには階を表す数字が無い。
もちろん、そんなもの建設途中の廃屋に最初から無かったのかもしれないし、この階から無いのかも。
足が止まる豪炎寺に対し、円堂は窓枠の穴まで走って行く。
「5階だよなぁ?」
「そのはずだが」
「おかしいよ」
「うーん…」
階段を上りきるとまだあるはずの上階への階段が無い。それで円堂は最上階だと言ったのだろう。
「なぁなぁ、元から5階か?」
「いや、7階だったはずだが…」
「気のせいじゃない?勘違いでさぁ」
「さぁ…そうかもな」
何せ7階建てという記憶は、もう7年前のものだ。
円堂の隣に立つと、年季の入った団地の棟が一望できた。
そして下を見る。

丘の下には桜並木があって用水路を隔てて団地が並ぶ。
用水路といってもごく小さく細いもので、そこを流れる水を汚く思ったことは無いが、底はいつも黒かった。

ここから女の子が落下した日、桜は満開で用水路には花びらが流れていて、でも雨が降っていて工事現場はぬかるんでいた。
月が綺麗な夜だったのに、急に雲が立ち込めて、夜中雨が降った。

団地側の岸にも桜並木が続いていて、そこには舗装されたブロックの道があり、犬の散歩やジョギングをする人が行き交う。
豪炎寺は部活から帰るといつもその道を走っていた。
女の子が死んだと聞いた日、ひどく不思議な気持ちで走った。
同い年の女の子。
今日は生きてない。
昨日は生きていた。
(綺麗な子だったよな)
窓枠の下には錆びた手押し車が打ち捨てられていた。

「7階であってる」

7年前の記憶をたぐっていた豪炎寺は声に驚く。
鬼道は土にまみれた、一度濡れて乾いた感じの紙を広げていた。
「なに、それ」
円堂が隣まで行って紙を照らす。
「設計図かな。7階建ての計画だったことは間違いなさそうだけど」
「5階でやめちゃった?
あ、中止になったんだもんな?」
「だったらわざわざ階段埋めるかよ」
「あ、そっかぁ」
「5階よりは高く感じる。丘の上だからかな」
2人の会話をぼんやり聞いていたが、やがて言った。
「帰ろう」
「ん?うん、そうだな。何も無かったし」
「ある方が嫌だろ」
きゃっきゃと推測し合っていた割に2人はあっさり階段に向かった。
奥の方には部屋があり、円堂なら気になりそうな冊子のかたまりなんかが積まれているのが見えた。
(気付かなかったろうか…)
積まれた紙の束はこのビルの建設に関する資料では無いだろうか。開いてみたい気持ちもありつつ、目を向けながら階段に進む。そしてふと懐中電灯を階段の方に向けると、そこにはもう2人は居なかった。
「おい」
上から呼び掛ける。
「早く来いよ」
下から響いて来る。
おいていかれたか、おどかそうと潜んでいると思ったので内心ほっとする。
階段を降りると2人はさらに先に居るようだった。

3階まで降りた。
やはり居ない。
「ちょっと、待てよ」
「あれ、豪炎寺下に居るのか?」
上から声がして急いで戻る。見逃して通りすぎたらしい。
「おおい」
上りきると呼び掛けて、懐中電灯を揺らした。

(えっ…?)

5階から4階に降り、4階に居ないと思って3階に降りた。そしてまた4階に戻った。
5階にのぼる階段が無い。
「豪炎寺」
「おおい、どこだ」
2人の声は下から聞こえる。

豪炎寺はもう返事をすることができなかった。

ゆっくりまた下の階に降りる。
するとそこは3階のはずだ。
たった今下ってきた階段が背後で壁になっている。
また下る、また下った。
背後はいつでも壁になった。
そして放置された空きビンや、壁に描かれたスプレーの落書き。
「おおい」
「おおーい」
2人の声はもう、2人の声ではなかった。
気圧で変わったかのような、鼻をつまんだ時のような高い声。空の瓶に息を吹き込んだ時のような不自然に低い声。


(佐久間…)

女の子が死んでから、現場作業員が次々にあり得ない怪我をした。
自分の腕を器具で殴ったり足場から飛び降りたり、セメントに頭を打ち付けたり指にネジを埋め込んだりと、正気を失ったとしか思えないような理由で、そしてその時の事を誰も覚えていなかったという。
交代で入れ替わった人員含め、全部で18人の怪我人が出た。
それらの処理に大わらわになった委託企業が工事を中断した。取り壊す費用も無くなってしまったのか、倒産して夜逃げしたという噂だった。

死んだ女の子はあの日白いワンピースを着ていた。
そんな服で来たら、汚れるよ、と言ったら、いいの、と笑っていた。
あの窓枠から足を投げ出して座って、お世話になった先生が他の学校に行っちゃうとか、新発売のチョコレートを食べたけど、あまりおいしくなかったとか、窓枠からさしこむ綺麗な月光を浴びながら……

「ちょうど、こんな夜だったね」

後退りすると、靴底で砂がパラパラと動いた。

月光を遮る人影は、ワンピースに、スニーカー。
あの日の姿はよく覚えている。

ここから落ちて死んだのは、7号棟の4階の、佐久間さんちの次子ちゃん。

可愛くって大好きだった。

あの軽いからだを押した感触が、手のひらにじわじわよみがえってくる。





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