chapter.12



頼み込んで譲り受けたハイヒールのポスターは、プラスチックの額に入れて日に焼けない位置に張った。
この部屋が佐久間に見られれば嫌われるだろう。

「船酔い?」
「船酔いっていうか…
現実酔い?」
「アハハ。なにそれ」
大学生が仲間と行くキャンプなんて、誰もがせいぜい車で2、3時間の山の中で、虫に悩まされながら固い地面に雑魚寝する格安ツアーを想定する。
白い砂浜に透き通った海。豪華なクルーザーでダイビングや釣りを楽しんで、浜辺のコテージでオーシャンビューのジャグジー風呂。
間違ってる。
「仲間って言うから学校の友達とかかと…佐久間学校は?」
「行ってる。2回生だけど?」
“仲間”の説明を求めるべきだったと今は思うが、誘われて歓喜のあまり出発するまで少しも疑問や不安を抱かなかった。
『キャンプ用品買うんじゃないのか?』
『全部用意してくれるからいらないよ。退屈するかもしれないから花火は買おうか』
『花火…』
『お金は請求できるし。あとお菓子いっぱい』
豪華な海の幸でバーベキュー。水着の美女が瓶ビール片手に焚き火のまわりでダンスする。
(すごい。映画みたいだ)
「源田つまんなかった?」
「えっ、いや、…うーん」
「おれつまんない。来なきゃよかったな」
英語は少しは喋れるけれど、飛び交う会話に入る気には全くなれない。
佐久間はひっきりなしに話しかけられてはいたが、誰に対しても素っ気なかった。
「佐久間英語は?」
「話せるってバレるとしつこそうだからずっと日本語で喋ってる」
「なんなんだ?このキャンプ。仲間っていうほど親しく見えない…」
佐久間の左手にはカクテルの瓶が握られている。
こんな所で法にうるさいわけもないが、未成年だろ、と小声で小突くと、ジュースだよと瓶を振って見せる。
「俺には酒に見えるけどなあ…」
「あそこで熱心に調理してる2人と、ギター弾いてるのとバカみたいに歌ってるの。あとクルーザー運転してたスキンヘッドは友達」
「ああ…スキンヘッド」
「他は知らない」
佐久間は何の遠慮も無く源田に倒れ込む。真横からの体当たりをくらって源田は持っていたグラスを落とした。
「人呼ぶなんて聞いてない」
「…そうなの?」
「明日さ」
「うん」
「明日裏側で探検しない?
あと川下り」
酔うと人にくっつく癖でもあるのか、全体重が預けられているお陰でサンダルが砂にめりこんでいる。
「川下り?」
「申し込めばできるって。楽しそうじゃん」
「高いんじゃないの」
「払うわけないじゃん。ハゲのキャンプだからハゲの金で遊ぶ」
ハゲというのはクルーザーのスキンヘッドだろうか。
こんな遊び方ができる連中と仲間というのだから驚いてしまったが、佐久間は源田が思い描いたようなキャンプと似たようなものを考えていたのかもしれない。
(探検だって。かわいい)
「川下りでリス見る」
「リス?へぇ…」
「リスかわいい。ドングリ埋めて埋めたこと忘れちゃうんだってぇ」
「………」
佐久間はまた、源田の腕に腕を絡ませて手をつなぐ。
子供っぽく思えた。
小悪魔なんてやっぱり程遠い。たぶん、無邪気なんだ。
「川下りして、リス見てからどうする?」
「そしたらアイス食べる」
「アイス?」
「おいしいアイスクリームショップあるかな」
10歳か、もっと幼いくらいの子供に見えた。
2人はあのポスターのハイヒールが蹴りつけていたような流木に今腰かけている。
川下りがしたい。リスが見たい。探検して、アイス食べる。
源田は佐久間の額に口付けた。
「源田?」
「お前子供みたい…」
「子供の頃は大人みたいって言われた」
「佐久間」
「うん?」
「好きだよ」
「…へー」
佐久間は“ジュース”を飲み干すと、花火しよ、と立ち上がる。
「源田つまんない?」
「いや。お前居るから」
「誘って良かった。
普段はあいつら、いい奴らなんだけど」
ギターを弾いている男が佐久間に手を振る。佐久間はそれに舌を出してしかめ面を見せる。
「源田居なかったらおれ退屈で死んでたかも」
「ならよかった」
「花火しよ」

コテージに花火を取りに行くまでに言わなくてはと思っていたハンカチのお礼を言った。
ハンカチには犬のポイントが刺繍されていて、生地は綿ガーゼ。なんとなく佐久間が自分で選んだ物のような気がした。
「あんな人数できるだけ買ってないからこっそりやろ」
「打ち上げもあるからこっそりは無理じゃないか」
「上がってる場所がわかんなきゃ大丈夫だろ」
大きめのTシャツ、ハーフパンツにビーチサンダル。佐久間の服装は源田と変わらない。
でも雑にまとめあげた髪や細い手首にちゃらつくブレスレット類を見ると類い希な体型が強調されてたまらない気分になる。

手持ち花火の光に照らされて、佐久間はいよいよ幼かった。

翌日は早々と起床して川下りに直行する。
深酒とパーティーの疲れか他に誰も起きて来ない。
慣れているように仲間の財布を持ち出した佐久間と渓流を下りアイスクリームを食べる。
現地の子供とサッカーで遊びコテージに帰ると、二日酔いの仲間たちをゾンビみたいと笑う佐久間は、今さっきサッカーで遊んだ子供たちと変わらないくらいの年に見えた。


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