chapter.11



ハイヒールの広告に釘付けになったのは、当然だが初めてだ。

枯れた流木を蹴りつける足。ツヤツヤした表面の赤いハイヒール。
(佐久間だ)
源田は即座にそのポスターを掲示したであろう店に入る。そこは婦人服のセレクトショップで、当然男が揚々と入店するなど異様な光景だ。
長身でガタイも良いのがやや乱暴に扉を開ければ店員が小さく悲鳴を上げたのも無理はない。

「あのポスターください」


大学は今日夏休みに入った。

アルバイトとサークル、課題が少々。盆には母の実家に行く。他に特別予定は無いが、それは旅行やイベントに行こうという友人らの誘いをことごとく断ったからだ。

佐久間を誘ってどこかへ行こう。

源田はその思い付きが妄想に終わることがわかっていた。
「こないだの子、また来ない?」
バイトに出ると元恋人の騒動の際に佐久間を見てしまった同僚が言う。
「さあ…」
「誘ってみたら?」
「未成年だよ」
「アハハ、かたいなぁ」
あれだけそっけなくされておいてよくそんなに夢中になれるな。
(でも俺もかわらないか)
何回電話をかけてみても、佐久間は全く反応しない。
来るなと言われればまた待ち伏せするのは度胸が要る。でも会いたい。
源田は大して我慢しなかった。
来るなと言われて4日後、またビルの前に立っていた。夜になってビルが施錠されてしまうと、佐久間に電話をかけた。今日はバイト無かったの?
待ち伏せしたことは言わず、伝言を残す。

ピ───────…
『ケータイ全然見てなかった。
用事があるなら明日の昼2時くらいにビルまで来て』

(本当に電話きらいなんだな…)
佐久間は2時少し前に器具を担いだスタッフらしき男と出てきた。
「中で待てばいいのに…」
小走りで駆けてきた佐久間の姿に源田は感激する。逆に佐久間は汗だくの源田に困ったような顔をする。
「勝手に入れないだろ」
「受付が居るから、一言断れば中で待たせてくれるよ」
「!」
佐久間はポケットから真っ白なハンカチを取り出し、源田のひたいに乱暴に当てた。
「さ、さく…」
「ひどい汗。いつから居たんだ?日射病になるぞ」
機材をワゴンに積み込むスタッフが、こちらをチラチラ気にしている。
「それやるよ。で、何だったんだ電話の用事」
「…暇あるかなって」
「は?」
「夏休みだから…佐久間とどこか行きたいなって」
「………」
佐久間は黙ってしまった。断られる時のショックを覚悟していたから源田はそれに備える。
(大丈夫大丈夫。断られるのが大前提だろ…)
「いいよ。今日は無理だけど。明日暇なら買い物行こ。来週仲間とキャンプ行くから、源田も行こ」
ワゴンから行くぞと声がかかる。
「はァい」
「行く」
「うん」
「何時、どこで」
「午前中に迎えに行くから」
「わかった」
嬉しい…。
もらったハンカチを握りしめて予想外の幸福に顔がにやける。

チュッ

「じゃあね。行ってきます」
「……気を付けて」
「キヒヒ」

小悪魔。
ワゴンに乗り込む男の姿を凝視しながらその言葉が頭に閃くと我にかえって否定する。違う。
小悪魔、といわれて浮かぶイメージは異性を遊び半分にたぶらかしてからかうような女性。佐久間は違う。遊び半分どころかたぶらかすつもりも無い。ただただ単に冗談で、友達にじゃれただけなんだ。
やめろ気持ち悪い!
笑って押しやる。それが友達の正しい反応だ。

決して、決して恍惚感に気絶しそうになってはいけないのだ。

源田はしばらく直立していたが、立ちくらみを覚えてあわてて歩き出す。
以前佐久間と訪れた小店でかき氷を食べて、ラムネを飲み干すと突然カアッと顔が熱くなった。
佐久間から贈られた軽いキスが今になって源田を激しく赤面させる。
キスが何だというのだろう。可愛くて柔らかい身体を持つ女の子たちと幾度交わしたか。何故こんなに。一体自分に何が起きたのか。

どう帰って来たのかいまいち憶えが無いが、源田は帰宅して、部屋の空調もせずにソファーに転がる。
そして飛び起きた。
(ここ…ここに佐久間が寝てたんだ…)
ソファーの手前で猫のようにまるくなって眠っていた姿を思いだし、ラグのその辺りを撫でる。背中がぞくぞくする。

具体性が無かったのだ。

佐久間がこの部屋に来てしまえば襲ってしまうのでは。そう考えたくせに、触れたらもう止められないと必死で自分をなだめたくせに、そこに現実的な想定など無かった。
あの身体を好き勝手する想像。
性的な欲求に知識が追い付かない子供でもあるまいし、交際の経験が無いわけでもない。
佐久間に近付いて一体どうなるつもりだったのか、源田は今の今まで一度も考えもしなかったのだ。再会に有頂天で。
(どうしよう……)
佐久間とは、手をつないだ。
好意だって伝えた。
でも自分が佐久間にどういった種類の好意を抱いているのか見失ってしまった。好きなのは間違いない。
大好きだ。
でも恋人になりたい?よくわからない。
襲いかかりそうな衝動があって、でも男を抱きたいとは思わない。ゲイではない。
美しさに憧れたが、ああなりたいとかそういう憧れでは無いし…
かといって愛玩物のように考えているわけではない。話せて嬉しいし、放蕩的な姿を見ても幻滅しなかった。
(わからない…どうしよう…)
ただ友情を築きたい相手というのは絶対に違う。

よこしまな心が絶対にあるはずなのに、感情は果てしなく純粋な、子供が大好きな友達を想い慕うものだ。

その結論に源田は再び背中に走る冷えを感じた。



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