chapter.09



相手の承諾なしに連絡先を勝手に控えるのは、現代では犯罪だろうな。
源田はそれでもやってのけようとする、大それた心情でいた。
ただし果たされなかったが、可能であったなら達成したであろう。そしてそれを特別モラルの欠けた行為であるとか、罪悪感や、ばれてしまった時の事などは一切彼の中には無かった。

当然のことのように、眠る佐久間の衣服を探り、携帯電話を探した。もちろん電話番号や、得うる全ての情報を引き出すつもりだった。

佐久間がこの部屋に来るのは再会二度目にして二回目。
初めて来た時は夢のようで、襲うかもしれないとか心配しておきながら眠る佐久間に対してどんなことも出来なかった。
下手をすれば夢がさめるような気がして、布団をかけてやることさえも出来なかったのだ。

『佐久間、ケータイ持ってないの?』

起き抜け一番そう訊かれて、佐久間は顔をしかめた。部屋は明るく、酒の回った体には異常にまぶしく感じられた。
むくっと立ち上がり、のそのそと台所に向かうと冷蔵庫から水のボトルを取り出し断りもなくあおる。一気に半分飲むとボトルは戻さず、また床に転がる。
『ねぇ』
『うー…』
ソファーから落ちていたクッションを抱き寄せ、顔をうずめるようにして丸くなる。
『ねぇ、ケータイ』
『ねーよ…』
『なんで?忘れたの?』
『キライ』
『えっ』
“キライ”に、源田は身体が強張るのを感じた。
ケータイがキライなのか、そんなことをしつこく聞き出そうとする源田をキライと言ったのか、わからなかった。そして佐久間はまた寝てしまった。

仕方なく、また、気分を落ち着かせるために、風呂に入る。
その間もずっと、“キライ”“キライ”“キライ”“キライ”
何が?俺が?ケータイが?何が?
ばっくばっく鳴る動脈が緊張を高ぶらせて行く。

(キライキライキライキライ)

風呂から出て、髪まですっかりかわいてから、ようやく指の震えが止まる。
(こんなに佐久間が好きなのか)
源田には己の気持ちの深淵が、どこまで続くのかわからなかった。
まだまだ掘り進められるのか、ある日完成するのかもわからない。ただ止める必要性や不安は感じ無かった。
どこまでも深くなっていく相手への思慕は、果てが見えなくて恐れることがある。自身も経験済みだった。

それなのに源田は止めない。

佐久間に限って恐れは無かった。
どこまでも好きになってよかった。
そしてそれが嬉しかった。

いかにも一家団欒のために置かれたようなソファは一度直角に折れ、その内角付近の床に佐久間は寝そべっている。
息を殺して近寄ると、プラスチックのような緑色の爪が唇に当たっているのが見えた。

恋人と別れたのはもちろん佐久間との再会が理由だった。

再会というほど親しんだ仲では無いが、佐久間に会えるのなら、姿を見られる状況にあるのなら、どんなものでも接点があるのなら、他のものは何だってただのクズだった。
順調な交際に降って湧いた唐突な終わりは恋人を混乱させ、怒らせた。源田には意味がわからなかった。
何故?と訊かれて、好きな人がいるから、とばか正直に答え、悪びれもしない男に彼女はどれだけ驚嘆しただろう。
唖然とするのを置いて、源田は帰った。
一応謝ったし、理由も伝えた。それで十分相手が納得するだろうと思うところがこの男の異常の一部である。

新品のタオルケットを開き、佐久間の薄い身体に掛ける。
緑色の爪も見えなくなって少しもったいないような思いもすれど、絶対に触れなかった。
爪先だって触れたら止まらない予感がする。予感どころか確信できる。
でも触ってしまおうか?いいや絶対に駄目。
ただ無表情に見つめているだけの男の脳内は大戦争だった。まばたきもできないほど欲望との戦いは熾烈であったが、ついに勝利し、寝顔をじっくり堪能してから自分の寝室へ下がって行った。

この寝室を見たら佐久間は仰天しただろう。

壁に貼られた自分の手の写真。手が綺麗だとほめた源田が、本当は手が、としか、その部分だけしか言葉にすることが出来ないくらい佐久間の美しさに心酔していたことを、絶対に伝えないと思いながら、どうやって理解してもらおうと悩みつつ、それは到底不可能だと諦めてさえいる混沌を抱えている。

危険だから逃げてくれと告げるのが一番彼を思いやる言葉だと、源田は自分でわかっていた。


佐久間が右目に大怪我を負ったことを知ったのは、その年の終わり、年の瀬だった。

15歳の佐久間は反抗的で、髪をのばし、授業をさぼり、無断欠席が重なっていた。
誰にも馴れ合わない割に嫌われもしないし、むしろ一目置かれるような存在だった佐久間は、ある時に突然凶暴化した。
反抗期とされる年頃だったがそうではないと誰もが気付いていただろう。そんな単純なことでは無かった。
あらゆることにただ苛立つとか、無意味に理不尽さを感じているようでは無くて、御し難い怒りをおさめようと四苦八苦しているように見えた。
誰かを進んで傷付けるとか当たり散らすようなことが無かったのだ。疲れているようにも見えた。
そして噂では海外の高校に進学したとか、実家の家業の関係で高校には行っていないとか、夜遊びしているのを見たとかいう話もあって、その度あの痛ましい15歳の佐久間を思い出していた。
そして大怪我をしたと聞いて、数える程度の接触しかなかった相手のことなのに、身が切られるような思いがした。

屋号津づ樹屋、定家らいてう。

彼は歌舞伎の家の子である。



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