具体的に佐久間次郎に何をしたかといえば、誘拐、脅迫、その他もろもろ。
危害以外は加えていない。

不動は欲望に忠実というか、自制しない。やりたいことをやりたいようにやる。
よっぽどの極悪人でもない限り悪事というのは抵抗があるが不動はそれをまるで感じなかった。悪事だろうと善事だろうとやりたければやる。
つまりカツアゲに遭う子供を助けるのも万引きした煙草を吸うのも動機は変わらないのだ。
自制心も良心もある。だが常識や倫理、道徳には関心が無い。
こうした方がいい、こうするべきだ、というようなことは行動の理由にならない。したいようにやりたいようにが彼のルール。

秩序よりも縛られないことの方がずっとずっと大事だった。




小学チームではそれなりに有名だったし活躍もした。近所の中学に進学し、サッカー部に入った後が悲惨だった。
楽しかったはずのサッカーが辛くてたまらない。部員はまるでやる気がなく、走っていても歩いて見えた。鈍く下手で努力もしない。
悪条件に身を置き続け、不動の堕落はたちまちだった。年頃のせいもあったが平たく言えば環境にいじけたのだ。

しかしそれにも直ぐに飽きた。この小さく長閑な町でやさぐれていたって何にもならない。悟った。
そして出会う。

影山のことは監督としてはもちろん犯罪者としても知っていた。脱獄なんてありえない。復讐計画。もっとありえない。
そう思いながら自分だけのチームを作れという影山の要求と条件に不動は飛び付いた。
悪事でも非現実的でもこの上ない転機に思えた。

彼が何故自分に目を着け話を持ち出したのか。その時は理解できなかったが考えればすぐにわかることだった。
実力はあるが発揮する場がない。鬱屈したものを発散できない。さらに野心家である。地元の子供ならば土地勘もあり動きやすいし、子供を使うのに子供が居ればやりやすい。
それなら利用されてやろう。そして利用してやろう。

結果自分の甘さを知った。

大人と渡り合えるくらい知恵も度胸もあると思っていた。影山の計画は酷く雑で馬鹿馬鹿しく、現実味がまるでない。
下らない大人だ、と見くびっていた。

誘拐事件に世間は敏感。派手に動けばすぐに見つかるじゃないか。大したことはないな。
そう思っていた。
しかし暫くして派手で大胆な活動の理由がわかった。

罠だ。



佐久間は罠に掛かった食われるだけの獲物だった。

佐久間のことは知っていた。帝国の選手の中でも特に有名な1人だった。
集められてきた選手と違い拐かされた相手だけに、全く指示に従わず何度も何度も脱走を図る。
そこで一緒に捕えた源田と離すとしぶしぶ嫌々指示を聞き入れるようになった。
2人は互いが互いの命取りで、互いのために逆らえない。
その代わり実にしつこく安否を訊ねるために煩わしさは変わらなかった。

捕えて3日目。厄介なことに佐久間はハンストを始める。
無理やり口につっこんでも米一粒さえ飲み込まない。
大事に大事に育てられてきた金持ち学校の馬鹿坊坊が、ここまで反発しようとは誤算であった。いよいよ腹が立って殴り蹴りとことんまで痛め付けても佐久間は折れない。

不動は気付いていなかったが、ことに佐久間には辛く当たった。反抗的な態度を始めほとんど全てが許せなかった。

幸せで裕福な家庭に育った世間知らずの子供のくせに、驚くほど狂暴な目で不動を睨む。思い切り殴っても泣くことは愚か声も上げない。喋ることと言えば源田は無事か大丈夫か。あいつに何かしたら絶対に許さないからな。
不動は佐久間が喋る度、殴った。


現代の日本で洗脳などという常識はずれな方法を取ったのは2人を捕えて2週間後のことだった。

性質も成分もわからない地球外物質に信じがたい効果がある。だが不動は直ぐにそれを理解した。
地球外物質ならばいっそこれぐらいの方が納得できる。
柔軟性に富んだ考え方をする不動は説明を聞いて真っ先にそれを閃いた。

試しに小さな子供で実験。すると年にそぐわぬ力を発揮し、あっという間に従順になった。おまけに恐怖も失せたらしく、まるでしつけられた犬だった。

即刻捕えた子供に配り、源田と佐久間に押し付ける。

源田はそれを窓から捨て、佐久間は不動に投げつけた。

それからは最早戦争だった。

今まで以上の教育を施す。折れないどころか揺らぎもしない。一向に挫けない佐久間を蹂躙するのは自分の使命。意地のあまりに不動はひどく盲目的だった。
1日のほとんどをそれに費やし、ようやく弱りだした佐久間にさらに厳しい仕打ちを続けた。
食事は大勢で押さえつけ、飲み込むまで口を塞いで強制した。佐久間は胃に流し込まれたもののほとんどを、
数時間後には吐き出した。

異常な世界だ。不動の感覚は麻痺していた。


先に崩れたのは源田だった。
まず体が弱り始め、常に疲労して起立さえも儘ならなくなる。
この頃佐久間の反抗はさらに過激になっていた。
不動や影山の部下が拉致してきた子供をすきあらば逃がしていた。
そのくせ自分が逃げないのは源田が人質になっていたからだ。
逃がされた子供は大概が弱っていて再び捕まることも多かった。しかし逃げおおせた者も少なくはない。佐久間の計画妨害はなかなかに深刻化してきていた。

そこで今度は別隔離していた源田と再び引き合わせた。

これが決定的な打撃になる。

佐久間は一切逆らわず、大人しく命令に従うようになった。
ぎりぎりのところでなんとか自我を保っている源田に常に寄り添い支える姿は今にも倒れそうなほどに憔悴していた。
異常な世界にぐちゃぐちゃにされた親友を、ただただ嘆いて弱っていった。
源田は佐久間に逃げるように強く言い続けた。佐久間は決して逃げなかった。絶対に離れなかった。

不動は他人をあんなに大事そうに抱き締める人間の姿を始めて見た。自分より大きな男を弱る体で抱き抱え、献身的に励まし支える佐久間を奇異の目で見続けた。

不思議で仕方のない光景だった。


最後は自滅に近かった。
源田と再び共に置いてから佐久間は一言も発しなかった。
すぐさま従順になった子供たちと違い、2人は一度徹底的に衰弱した。精神の戦いで少しずつすり減っていく。たかだか13、14の子供にここまでの精神力が備わっていたことは希有なことである。

2人が弱り切りそして回復した時には、不動に従順な犬になっていた。

結局佐久間を従わせたのは不動の自力のことではなかった。一種の催眠と精神崩壊。釈然としない不動は危険を課せた。
一種の仕返しでもある。
影山の指示ではなかったが影山は何も言わなかった。


事は計画自体の無惨な敗退に終わった。

証拠が上がらないがために罪に問われはしなかったがプライドはずたずただった。

事件に巻き込まれた円堂はじめ総理の娘でさえ不動のことを証言した者は居なかった。利用された子供については責任がどうとか人権がどうとかで事実さえ揉み消されたのだ。
不動は帝国の生徒が加担したことも理由ではないかと睨んでいる。金持ちはしがらみが多い。体面とか評判とか。それで、無かったことにしたのだろうと。
加担ではなく利用されたが正しいが世の中はそう見ない。だいたい戦時中でもあるまいし、拷問めいたことや洗脳なんてものは一般的な感覚として理解がない。

実際あの猟奇的な事件の全貌が公開されたらパニックに成りえた。只でさえ妙なテロが起きて過敏になっている民衆にそれを告げるのはいかがなものだろう。
成る程な。
混乱している世間様に事件を防ぐ能力が無かったと、ばれるのも責められるのも御勘弁願いたい。
だから全部影山が悪い。そう仕立てあげたのだ。
そういった世界の影もなんとなく見えた。

メディアも嘘だ。


不動は再び何もない世界に戻された。












「…だいじょうぶか」

触られて、目が覚める。
世界大会中まともに睡眠がとれていない不動は昼間にこうして微睡むことが多くなっていた。
初めはほんの少しうとうとと目を瞑る程度だったものが、最近ではこうしてしっかり眠ってしまうのだ。
疲労が募っているのはわかっていたが今は仮にも練習中。たった10分程度の小休憩。グラウンド端の木陰に座って水分補給をしていた筈だ。

「…だいじょうぶか」
もう一度訊かれた。
佐久間だ。
「……なにがだよ」
「…なに、…うん…
何ってことはないんだけど、大丈夫なようには見えなくて」
そう言って不動の左頬に置いていた右手の親指で、流れてきた汗をぬぐった。
「なんだよ、この手…」
「……あ、悪い。つい」
ついだ?
ゆっくり手を離した佐久間を思い切り不審そうに見てやる。佐久間は嫌な顔もしない。
「ふふっ。もう触らない。練習始まるから、起こそうと思ったんだけど」
「…寝てねえ」
「悪かったって。もう触らない。じゃあ先に」

笑いやがる…不気味だ。
チームの群れに戻っていく佐久間を睨む。

あいつは覚えているんだろうか。
あの暗い海での毎日を。


不動は触れられた頬を拳で乱暴に擦った。襟を持ち上げて赤くなるほど拭いた。

練習が終わる頃、佐久間が笑ってまた言った。

「もう触らないよ。
ごめんな」

不動は返事をしなかった。

日が沈み、夜が迫っていた。




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