chapter.07



薄霧と煙草の煙で街灯の光はまるで舞台の照明のよう。
源田は佐久間と手を繋いだ。
佐久間はやっぱり拒まないのに、少しすると煩わしそうに手をゆする。
「なぁ」
「………」
急に、ぐずった子供のようになる。煙草をはさむ唇は尖り、不満あり気でかわいらしい。
「布団買うったって今からじゃ無理だろ」
「るせー」
「電車無いとか言っといて、布団は買えるのか?お前やっぱり酔ってるな」
細い腕が冷えている。
生地の余った衣服同様、かろうじて引っ掛かっているような腕時計が源田の手首に当たる。
「酔ってねえ」
「酔ってる。どんだけ飲んだ?いつから居たんだ」
「………」
「俺が居るから来たわけじゃ無いだろ」
「………」
佐久間は路肩に煙草を捨て、それから詰って火を消した。そのハイカットのスニーカーは、この夏発売されたばかりの限定品だ。果たして宿代に困るだろうか。
(かなりするぞ、あれ)
もう一度佐久間の指に戻った指輪をのぞきこむ。
(あれも、たぶん相当する)
中途半端にくくられた髪の毛は首に鎖骨になだれている。その隙間から見える(おそらく)ピアスは、絶対に宝石。総額いくら身に付けているやらわからない男がホテルに一泊する金が無いのは納得いかない。
実家だって都内なんだから帰ろうと思えば帰れるだろう。
「源田いくら持ってる?」
佐久間は立ち止まる。
ばらばらの髪の毛で表情は見えない。そういえばこの腕時計も、源田が実は欲しいと思っていた海外のスポーツブランドの物だ。
(たかる気かよ…)
今源田が目算した品々の中で実際佐久間が自身で購入した物はひとつも無い。仕事の関係で貰ったり、何かの記念やお祝いや、余り物を価値もわからず譲ってもらったものだ。
「いくらも無い。帝国ホテルなんか無理だからな」
呆れとため息の混じった言い方に佐久間は何も答えなかった。そのかわり。
「おれゴム無いけど」
「…は?」
「ジェルもローションも無い」
見ればわかるだろ?とでも言うように腕を軽く広げ肩をすくめる。
「なんの話」
「しないの?」
「…ばか言え」
「ふぅん。あっそ」
それだけ言ってまた歩きだす。
佐久間のこだわりない様子を見れば“しないのか”とは訊きはしたものの“したい”というわけでは無いようだった。
源田は、“いいのか”と言いそうになった自分を危ないところで制していた。
(人の気も知らないで)
うらめしくなるが、しなだれたままいとけないあくびをする佐久間を見たらするかしないかと言っていた男と同じ人物と思えなかった。
「いつから」
「……」
「なぁ、いつからだよ」
話に筋も無く突飛なのは、本人の質なのか酔っているからなのかわからない。
真面目に応対するのがバカらしく思えてきた。
「お前って、サッカーやってたよな」
「…ああ」
「やっぱり。あはは。なんか思い出して来た」
するしないとか言ったって、酔った勢いならそれでもいいとか思いもした。それくらい佐久間を欲していた。渇望していた。
でも向こうはこんな親しくもない過去の知り合いと再会してすぐだって関係を持てるのだ。その軽さに付き合っては自分の片想いが哀れに思えた。
いっそ失望して絶ちきれたらその方が良いに決まってると考えついた時に、佐久間が内に持つ源田の記憶をのぞかせた。
歯の奥が著しく震え、なんとかそれを噛み砕いてやっとぼそりと返事をする。
震えが歓喜から来ることを、源田は重々わかっていた。
「キーパーだよな。おれもサッカーやってたんだ」
「えっ」
「9歳までな。以降は親がやらせてくんなくて、」
ゲホッ、
むせる背中に手を当てたかったが繋いだ手をとっさにほどけない。
するだのしないだのの前に、男が2人手を繋いで深夜にフラフラ歩いている様がそもそもおかしな光景なのだが、源田は浮き足立っているし、佐久間はまったく意に介さない。
「続けたかった…だからうらやましくてサッカー部」
「そう、なんだ…」
「うーん……スパイク捨てたかなぁ…」
佐久間はそのままブツブツ呟きながら己の記憶に没頭しはじめたが源田は佐久間とは全く別の方向に感情が走り抜けて居た。
(サッカー部だなんて…キーパーだったなんて…)
憶えててくれたんだ。
知っていてくれていたんだ。
それだけで何かが報われた気がした。この美しすぎる少年に焦がれた歳月がいくらか喜びに還元された気がした。
「…いいにおい」
「え、何が?」
佐久間の体はもはや源田の腕に頼りきっていた。
おぼつかない足取りは完全に引かれるがままでサラサラとした髪が二の腕に触って落ち着かない気分にさせてくれる。
「お前だよ」
「え、俺?」
「そう…いいにおい…」
バイト上がりの男の身体がいいにおいなわけ無いだろう。特に今日は“元カノの乱”の後片付けでよく動いた。
「落ち着く…なんだろ」
佐久間は本当に心地よさそうに目を閉じていた。
それなら、と源田は源田で佐久間の髪に鼻を寄せる。
「香水じゃないな…お酒でもないし…ああ、じゃあ源田の匂いか」
「やめろよ、なんか…」
「ムラムラする?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、匂いに浸るのをやめようとはしない。
「……」
「黙るなよ…」
「す、する……」
「あ?」
そこで佐久間は目を開けた。
「するよ。興奮。だから言ったろ。襲うかもしれない。俺はお前を好きだって、何回も言ったろ」
「く、フフッ」
(可愛いな…)
あきれるくらい、可愛い。
可愛いって男に思うことなんか無い。弟にさえ今まであまり思わなかった。でも佐久間の可愛さといったら、ノイローゼになりそうだ。めろめろだ。くそ。
「ねぇ、匂いが良く感じるのは遺伝子が遠いからなんだって」
「…?へえ…」
「それで遺伝子が遠いっていうのは、結び付けば強い遺伝子が生まれる。つまり子作りに都合が良いってわけ」
「うん?」
続きを待ちながら、また自分の言葉を受け流してしまった佐久間に拗ねる思いも感じていた。
「だから相性良いってこと。遺伝子レベルでだよ。わかる?フフッ」
源田は佐久間の手を引っ張った。
それから引かれた佐久間の身体を全く遠慮も無く抱きすくめ、好きだ、と言った。
今度は佐久間も無視できない。
「おれもわりと、好きなほう」
それで十分。
十分だった。



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