chapter.06



だらしなくしていても、佐久間は清楚だった。

細身に余る服を着ていても髪を整えていなくても、酒に酔ってへべれけになっても何故か綺麗だった。
「ひどいなあ…」
「自業自得だろ」
依然らっぱ飲みを続ける佐久間と箒に顎を乗せる源田。店の一部は荒れ果てていた。
「すごいコ」
クスッと笑う佐久間の口元から流し込まれた酒がこぼれる。
「おい」
「うわっ、勿体ね」
「………」
壊れたグラスや酒の瓶、びしょ濡れの床に倒れた椅子。
すべて源田の 元 恋人がやらかしたことだ。
(すごい子、か…)
当然のことながら、佐久間にとっては源田に恋人が居ようが居まいがどうでもいい。彼女が居ると言った時確かに驚いて見えたがあれはきっと、彼女がいながら軟派なことをしてやがる、という、そういう驚きだろうから、普通はそうだろうから、嫉妬してくれないかとかいう考えがそもそもおかしいのだ。ちゃんちゃらおかしい。

佐久間はカウンターの椅子に両足を揃えて乗せて座っている。そして左右にくるくるまわりながら酒をあおっている。
(ごきげんだな…)
鼻歌を歌いながらくるくるくるくる…
「ねぇあなた、源田君の友達?」
カウンターの内側にまで及んだ被害の片付けをしながら同僚が訊ねる。佐久間は返事をしなかった。
「源田君、友達?」
同僚はめげず。
「ああ…ううーん…中学の同級生なんだけど」
「へえ。じゃ、偶然」
「いや、こないだ会って」
ゴトン。
ガラスの破片を塵取りに押し込んでいたら視界の端にリキュールの瓶が落とされた。鈍い音をたてて落ち、少し転がって止まる。
佐久間が飲んでいた酒だ。
「オイ、お前な」
「払うし」
「そうじゃない。それは当然だけど、なんで落とす。邪魔すんな」
「邪魔?」
そのやり取りの間に既に新しい瓶を開ける。どこまで飲むつもりだ。
「邪魔だよ。掃除してんの。わかるだろ」
「わかりませーん」
「あのな…いい加減にしろよ。いくら飲んだんだ?未成年!」
ジロッと睨まれて、たじろぐ。
あっ、嫌わないで。
その思いと、
うわっ、すごい美人。
ない交ぜ。源田は一瞬で自分にあきれた。
「未成年未成年て、お前だって数ヶ月前まで未成年だろ」
「だからなんだよ」
「おれはあと数ヶ月で未成年じゃなくなるの」
「それで?」
「だからァ、飲むの」
グイッとあおられた酒瓶にはアルコール8%の文字。ビールって何%だっけ。8%って強い?弱い?
もうやめろも何も言う気が無くなって源田は再び掃除に戻った。

同僚はまだ佐久間にあれこれ訊ねていたが、彼が返事をした様子は無かった。


「また待ち伏せしなきゃいけないかと思った」
「しなきゃいけないこたぁねえだろ…」
店を閉めて出ると、佐久間がガードレールに腰かけていた。数日前とは逆だ。
「会いたいからな」
「全然、そんな気がしねえ」
「え?」
先立って歩き出すと、佐久間の足音は聞こえなかった。振り返るとまた煙草をくわえている。
「……」
「お前好きだとか言ったけど」
「え?…うん。お前のこと?」
「マジに聞こえねえよ」
ボッ!と上がったライターの火は、佐久間の小さい顔を照らした。ジリジリ、と煙草に火がうつり、高そうなライターが閉じられる。
「ごつい指輪…」
源田は佐久間の所作を見つめて、佐久間の問いかけに答えなかった。綺麗なものの最高峰である佐久間の指にでかくゴツゴツした指輪がはまっている。
「誰から」
「は?」
不快そうに歪まれた顔に、しまったと思う。
佐久間の問いかけを無視したし、どうしてもそういう考えに至るところが自分でも少しは異常だと思う。
「…ごめん。指輪が気になって」
「お前って正直なの?バカなの?それとも不愉快なの?」
大仰なため息は、もうもうとした煙を伴う。
「だって…あああ、こんなん佐久間だからだよ」
「はァ?」
「佐久間だからこんなに俺バカみたいにさあ」
「………」
「こんなんじゃないよ。俺、浮き足立ってるんだ」
「ハッ…」
佐久間は屈折した笑いを見せた。
どういう反応なのかいまいちわからなかった。
「これは…」
「えっ」
(答えてくれるの?)
佐久間はそのでかい指輪を自分の方に向けて、ちらちらと角度を変えて見る。
「ああ…今日居たとこだな。なんかアッチのカメラマンが来て、えーと…イギリスの?」
「イギリス?イギリスのカメラマン?」
「そう。なんだっけ。名前忘れたけど。どっかの庭園で写真撮った」
「へえ……」
佐久間が普段どういう仕事をしているのか聞かなかったなと思う。それどころか今どこに住んでいるかや、学生なのかもわからなかった。
源田は自分で浮き足立っていると言ったが、本当にその通りなのだとわかる。
「そん時につけられたんだ。スタイリストに。撮影終わったらあげるわって」
「スタイリスト…」
源田には一生縁の無さそうな人間である。
「欲しいの?やろっか?」
「いや、違う、そういう意味じゃ無いから」
「そ」
断ったのに佐久間はその細い指から指輪を外して源田の手に握らせた。源田は別にいらないけれど、佐久間にされることなら黙って受けた。
「あげる」
「趣味じゃないけど…近くで見ると高価そうだな」
荒く削られたようなシルバーにはまっている石は宝石だろうか。夜の乏しい明かりの中でもきらりと光る。
「宿代」
「はっ?」
「売ればそれなりだよ。それ売って布団買お」
「ん?」
宿代と布団を買おうという言葉に繋がりが見えなくて首をかしげる。すると佐久間は余計理解に苦しむことを言う。
「あれ。一緒でもいいけど。お前顔キレイだし、抵抗無いな。清潔そうだしね」
「ちょっと、何が?
何言ってるのかわかんないな…」
「やだな。泊めてよ。電車あるわけ無いじゃん。タクシー代も無いし。スカスカ」
言って佐久間はポケットを叩く。パフ、と軽い音がして、源田はハッとする。

源田の自宅に泊めろという意味で“宿代”で、“一緒でもいい”は布団を買わないなら同じ布団に寝てもいいと言うことではないか。

「佐久間、俺、経験無いけど、お前のことめちゃくちゃ好きだし、身の危険を感じてくれよ。危ないぞ。襲うってたぶん」
「あはぁ、童貞かあ。ダッセ」
まぁいいよ、と言いながら、佐久間はひらりと一歩跳ねる。
「違うけど…いや、男は抱いたこと無いって意味で…まぁ童貞といや童貞なのかな」
ぶつくさもらす源田の先で、佐久間ははたと足を止める。
「ヤるんなら指輪返せよな」
そんな台詞を何気なく吐こうが、佐久間は清楚だった。
不思議だけれど。


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