chapter.05



『泊めてよ』

これからどうやって距離をつめてこう。親密になるならどうしたらいいだろう。

手を繋いで涼夜をくぐる中源田はそれだけを考えていた。

あのパネルで佐久間をみつけてから、彼に縁のあるもの全てが源田の辛抱を崩しにかかってくるようになった。
広告を出していた会社に電話してから、それは更に拍車がかかる。

その日の朝、大学の講義で隣に座った女の子が持っていた雑誌に例の写真が載っていた。裏表紙だったのですぐに気付いた。
彼女が雑誌を開く前にその隣に居た別の女の子が広告に目を引かれ、綺麗だとか素敵だとか感嘆の声をあげる。そしてまた数人がそれに呼ばれて寄ってくる。
『あ、コレ見たことある。新宿にでっかいの貼られてる』
『へー。この手って、女?』
『えっ、男じゃない?』
『男の手ェ宝石の広告に使う?』
『わかんないけど、どっちでもきれい。こうじゃなきゃ似合わないよね宝石なんか』
『ねー。どうせ金持ちの美人じゃないと縁無いわー』

聞きながら源田は、
綺麗だろ。と、自慢したくなるような気持ちになる。
とはいえ友達の手なんだ、というのには語弊がある気がする。何年も会っていないし、向こうはもしかして俺を憶えていない。
そもそもあの手が佐久間という確信はあるが、確認はできてない。
誇らしい気持ちはすぐさましょぼんと沈み、すると今度はだんだんとたまらなくなってきて、ああ会いたい佐久間に会いたい。それが止まらなくなったのだった。

佐久間が憶えているか、博打のような気持ち。

少しだけど喋ったこともあるし、一度だけ一緒に帰ったこともある。2人きりではなかったけれど。
あの時たしかに佐久間は源田、と呼んだけれど、それは周囲が呼ぶからそれにならっただけなのか、源田本人をわかっていたのか微妙だと思う。

だから佐久間が迷わず『源田』、と口にした時、天にも昇る感動を覚えた。

手を繋いでも、佐久間は拒なかった。どうでもいい、という感じで許したのに、あとで離せとか言い出す。
そういうところがあるというのは知らなかった面であるのにらしいとか思う。
存外佐久間についての考察が多分であったと今さらわかった。
当時を思えばなんてわかりやすく恋していたのか、
寝ても覚めても佐久間を考えていたんじゃないか。
何故自覚できなかったのだろう?

同性に懸惣するなんて大それたこと、十代にはそう容易いことではない。

今になってあまりにも明らかなる思慕が源田に疑問を与えても、解決はしない。
佐久間の手は冷たく、かわいていた。
ごつごつとして硬い自分の手に伝わる冷ややかな柔らかさに、源田は痴情をもよおした。
あってはならない、と過っても、今となってはただ好いた腫れたに可愛くはしゃげるわけもなく、いずれ自分のこの恋もそこに行き着くのだとはわかっていた。
(抱きたいのか?)
ぞっとして、どくんと鳴る。
佐久間は離せと言ったものの、もう気にすることをやめたようだった。
空いた手で煙草をふかし、煙を吐き出して引かれるかのごとく歩いて居た。その足どりは頼りない。
引っ張られるままついて来る気かと思ったが、盗み見た瞬間目が合った。

『泊めてよ』

はあ?
ぽかんとする源田の顔にフーッと煙をふきかけると、いたずらっぽくけたけた笑う。
『泊めてって、うちに?』
『あん?ホテルでもいいよ』
『は、はあ?』
『帝国かマンダリンか…ステーションホテルかなぁー』
高級ホテルの名をぽこぽことあげられて顔をしかめると強引に手を引かれる。
繋いでいた手が離れて、あわててつかみなおそうとする間に佐久間はさっさと離した手をポケットに突っ込んでしまった。残念そうな顔をしたのだろう。
ニヤッと笑って携帯灰皿を出し、煙草をしまうとまたゆっくりとそれをポケットにおさめる。
スッと差し出された手は、エスコートを受ける女性が、手を貸してくださる?と言う、あの動作だ。
源田は逆らえぬ力に従い、手を取った。もちろん嬉しかった。

学生が暮らすアパートなんか大して広くも無いのが普通だが、源田は運良く伯父が所有するマンションを借りることが出来た。
東京で暮らすことになって買ったのに、実家に不幸があってしばらくはこちらに来られないことになってしまった。きれいに管理することを条件に住まわせてもらっているが、寝室とダイニングしか使わないので空き部屋や豪華なクローゼットにホコリがたまる。まめな方とは言えない源田はそれを掃除してから2週間経っていたことを気にしていた。
佐久間にはまったくその気は無いだろうが、好きな子を自宅に招くのだから準備を整える暇くらいは欲しかった。

『俺の家、遠くないけど…』
『なに?』
佐久間はまた新しい煙草に火をつけるところだ。
『客用の布団なんか無いし』
『ああ、いいよ床で』
『えっよくないよ』
『いいよ。朝には出てくし』
公園は財布盗られっから、という呟きに目を見張る源田をよそに佐久間はライターを擦る。
『やめろよ、煙草。未成年のくせに…』
『ああ、吸わない人?
別に吸わなくてもいんだけどさ』
そう言うと佐久間は本当につけたばかりの煙草を灰皿に押し込んだ。
『もらったから吸ってみただけ』
じゃあライターや灰皿を持ち歩くわけないだろ、と思いながら、言わなかった。

本当は抱き締めたかった。
部屋にあげたら襲ってしまうんじゃないか。

源田の緊張も葛藤も一蹴して、佐久間は本当に床で寝つき、朝目覚めた時消えていた。
おかげで再会を夢かと疑った。



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