※お疲れ様です


妻は里に戻されて、処罰のひとつとして自刃の禁止が命じられた。

その後身体の回復を待ち、一応の裁判が開かれたが、これは公式で無い。
その判決で佐久間の名前は没収となり、鬼道姓の他名乗り名は無くなる。これは唯一妻という契りになり、第一妻に据えていた妻とは和合離縁の形を取ったが、これには逆に感謝された。
やはり彼女には決めた人が居て、鬼道家は友家としてその結婚を支援することと決めた。

身分という概念が今に薄くなるだろう世間が、混乱から明るさを感じられるようになるまでにさほど時間はかからなかった。
習わし全てを排除することは無いだろうが、妄信的な信者は連れだって山へ出向き征された宮と奉殿に嘆くわ悲しみ、その場で尼や僧に成る洗礼を済ます者がいくらか居た。
宮と奉殿は取り壊されたが、房だけは残し信仰を続ける尼や僧に与えられた。
彼らは二度と山を降りなかろう。

山を追われた天子一族は存在がいたずらに地域を騒がすので、協力を申し出てくれた隣国の大使に身柄を引き渡されることになった。たぶん働くも無いしただ隠遁の暮らしをするだろう。
表舞台に立つことや、再び宗派を開くについてはさせないと強く約束してくれた隣国にも、本山の被害があったのだ。
隣国は山の向こう側。
国境が曖昧になり、山を通ると神隠しに遭ったり山際の町から人が消えたりと陰惨な怪奇が重なっていた。
巻き込むつもりは無かったと佐久間は言ったが、向こうからの申し出であったと後で知って驚いていた。

佐久間は凍傷で歩けなくなっていたが、夕香が必死に看病し、雪がとける頃ようやく立てるようになっていた。指や手足を失わずにも済んだ。
記録の上では死人である。
本尊についての出没は記録しないのが慣例らしい。
本尊は今度に討ち取られ、佐久間は本尊としてで無く、ただ天子一族の娘であると改竄された。改竄である。苦い顔をしていた佐久間だが、それ以上に忍が利かないので渋々承諾。
里の者は多くがそれを黙認し、鬼道は外で大半の住人に嫁によろしく、嫁にお礼をとこそこそ頼まれる日々となった。

「あァあ、転がされたな」
「まあ…」
「ばからしい」
「そうだな」
豪炎寺は佐久間に会うと、夕香にするようにばか、と叱って膝をつき、深々とお辞儀して礼を言った。

『よくぞやってくれた。
よくぞ…俺は、感謝する…!』

豪炎寺の母が死んだ時、治らない病では無かったらしい。
よくは憶えていないがひと悶着あった。山に生える薬草があれば薬が作れたのに入山禁止の期間だったため手に入らず、結果帰らぬ人となったとか。
佐久間を洞に探しに行った時、豪炎寺の父があの場に居なければ妻は失明したかもしれないし凍傷で済まなかったろうしそもそも生きていなかったかもしれない。
彼は本山からの追跡を逃れてあの洞(清美軍の本拠地)に身を潜めていた。やはり彼も企てを知っていたのだ。

ところで10年前なぜ佐久間が槍山へ居たか。

本尊が外に嫁ぐなどありえないが、今は亡き佐久間の母が謀ったことで、佐久間は山に本尊と認識されていなかった。
忍である。
あまりの無体に社主をたしなめた佐久間の叔母たち(佐久間の母の姉らは皆社主に嫁いでいる)は、揃って病死に至っている(おそらく例の毒による)。
佐久間の母はそれを知って、自分の子だけは山から逃がそうと画策した。
自身のカメの娘からひとりを我が子として育て、それが忍だったわけだが、社主に顔を改められても生神の特徴を持たない少女が社主の関心を誘わなかったのは当然である。
生神となれば宮の奥で大事に大事に育てられるらしいが、いわば“普通の子”であった佐久間は遊山に連れ出されようと外で野草をつんでいようと咎めは無かった。
とんでもない話である。
つまり佐久間が娘だといって生まれる前から婚約させられたものの、男児だろうがここに来たのだ。甚だ強引な奥方である。

実は佐久間とは親戚の関係である。

鬼道の祖母は本山から嫁いできた天子一族の出身らしい。鬼道が生まれる前に他界したが、父によると白髪でも金の眼でも無かったというから、やはり一族の女が全てそうというわけで無いようだ。
祖母は佐久間にとって大伯母にあたる。佐久間の祖母の姉である。
祖父は信者深かったが、柔軟性に欠ける印象は無い。頑固にしても芯があった。
腐敗した本山の体制を知って、佐久間をここに逃がしたのでは無いか。
今となってはわからない。

カメというねのは仮女と書くが、その名の通り女ではない。女としての暮らしを認められない、待遇の良い奴隷に似ている。結婚もできなければ子も持てない。
しかし忍の例を見れば、佐久間の母はそれを許していたようだ。もちろん奇特なことなのだが。
生神の出没がわからぬ故に佐久間の母がいつみまかったかうやむやである。だが佐久間は手紙が絶えた時覚悟したらしい。10で離され寂しかったろうに(しかも本尊は子育てをしない決まりらしい)、そういったものを我が身ひとつで乗り越え続けてきた佐久間が、自己犠牲の結末にたどり着くのは自然なことだったのかもしれない。
生神が無神論者とはなんとも皮肉なことである。


鬼道は明けて春約束に先立ち槍山を訪れた。

「何するの、兄さん」
「青がいいかな」
「ねぇ、何するの」
「花染めするんだ。忍に教わる」
春奈は奇妙なものでも見るよう兄をみつめる。
「どうしたの?変なの…」
「眼帯だよ。綺麗な方がいい」
「あっ…義姉さんの」
「そう。ベールを脱ぐから」
ようし、それならはりきっちゃおうと袖をめくる妹を見て、鬼道は首を傾けた。
「なあ春奈」
もう外で名前を呼ぶのも容易い。
「なあに、兄さん」
「お前さあ」
リンドウに似た花をつんで春奈が顔をあげる。
「なあに」
「昔ここへ来たよなあ」
少し離れる妹は、声を張って返事をする。
「何度もね」
「いっと最初だ」
「いつ?」
「いっと最初」
4つか、5つだ。
ああ、そうね。春奈はもう一輪花をつむ。
(憶えていたか)
「私、時々夢に見るわ。
兄さんが居て、修也さんが居て、私と遊んでくれた女の子が居た」
「!」
なんと妹の方が鮮明である。
「ああ、あれ、義姉さんだったのね。転んでべべを汚しても、泣きべそかいたら励ましてくれたわ」
「わかってたのか?」
「いいえ?」
驚いて言う兄にからから笑う。
「だっておんなじだもの。泥をほろってさ、泣き止んだら言ってくれたの。
ほら、ずっとかわいいですよって」





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