小学時代、クラブに入れば家に帰るまでの時間を長引かせることができるというだけの理由で少年団のスポーツクラブに入る。
さらに家にサッカーボールがあったというだけでサッカークラブを選んだ。自身をもてあます親が理由無く買い与えたサッカーボールに、不動はクラブに入るその日まで見向きもしなかった。

父親が拵えた借金のお蔭で両親は不仲。両親共実家との関係は希薄で祖父母に会ったことはおろか顔も所在も知らない。
父親はどうなっているやら、顔や全体の雰囲気はおぼろ気ながら覚えている。母親がどう始末をつけたのか興味が無いから知らないし訊かない。もしかしたら何もけりなどついていないのかもしれないがどうでもよかった。

幼い頃から母親は自分に対し妙に緊張したり怯えたような態度をとっていた。常によそよそしく、他人の子供を預かっているかように不動を育てた。
それでもそれはそれで、愛情が無かったわけではない。おそらく先天的に育児に向いていなかったのだと今ならば考えもつく。実家との関係が希薄なことと何か関係があるかもしれない。彼女も苦労したのだろう。
不幸は不動が賢すぎたことにも起因する。
彼は幼い盛りに彼女の質を鋭く察知し理解し、甘えることも頼ることも無く1人ですくすくと育ったが、もし手のかかる子供であれば彼女の母性を呼び起こすこともあったかもしれない。

不動と彼の母親は、言うなれば相性が悪かった。
お互い他人のような14年間を過ごす。
不思議と母親を責めたり恨んだりという感情は無かった。家庭内不和の原因のひとつである父親に対してもそれは同じだった。
自分が不幸だとか
周囲の子供が羨ましいだとか
そういったことも特に感じなかった。
長く虐げられ、誰にも頼らず戦ってきた母を偉いと思う。実際は頼れる人など居らず、ただ耐える他道が無かったのだとしても、あの場から逃げなかっただけの根性くらいはあったのだ。
この見解は正しく無くて、本当は逃げることさえ出来ない弱さだったのだとしても、その点に関しての評価は変わらない。

父親は家に寄り付かなかった。どこでどうして過ごしていたのか時々ふらりと戻ってきては、居間でぼんやり座って過ごしたり、崩れるように眠ってしまうばかりであった。
そのうち罵り事しか口にしない妻と口論さえもしなくなる。何を言われても全く響かず、気のない返事を繰り返すだけの無気力な姿しか記憶に無かった。
父親は父親で不動に興味を示さなかった。不動も何か求めているわけではなかった。ただ父親が帰ると母親は途端に弱々しく不幸で悲惨な女になった。借金がどうとか体面がどうとか以前に、夫が自分を女として扱わないことを不満がってわめくことが主だった。愛し愛され結婚を望まれて嫁いだのに、家に放っておいて帰りもしない。どういうつもり。
議題に子供のことがあがることは無かった。

そんな生活が長く続き、母親はとうとう精神を病んだ。
元から少々危ない面はあるように思える。子供ながら母親の人間性を理解していた。強くあろうと心掛けるよりは脆く折れて同情を引く。
屈折した母親と2人きりの家は陰気を極めた。母親は妙に不動の機嫌をとったり突然無視を決め込んだり、その言動のほぼが極端で普通ということがない。
例えば食べきれるわけのない量の食事を作って、当然残す。すると先3日は何も作らない。食べ残しを保存して食いつなぐ。それでも十分足りる量だった。掃除も基本はしなくなった。部屋が荒れ始めても気にしない。そして突然パニックに近いヒステリーを起こして何日も何日も掃除をし続ける。
元々の彼女の性質なのか知らないが、ヒステリーもパニックも実に静かに起こす。それが余計に鬱々として陰気で参る。ぶつぶつと呟き病人染みた行動を繰り返し、だいたい子供には無関心なくせ、時々ひどく過干渉。
不動は一斎を他人事のように見ていた。

不動にとって母親は母ではなく、どうしようもなく病んだただの弱い女だった。
母性というものを彼女から与えられたことも感じたことも無かったために無理からぬことである。
最終的に彼女は無気力に、必要最低限は行うが日がな1日ぼんやりと座り続けるようになる。当時の父親の姿と全く同じに見えた。
母親よりは妻として。
そうでしかあれない女性なのだからこそ不動は申し訳ない気持ちにもなる。
自分が居なければこうして病んで閉じ籠る生活などせず、再び彼女を愛する男と出会い幸せになれる日が来たかもしれない。
他人のような母親だが、気遣いも敬いも持っていた。
暗い家に繋がれた哀れな女だ。不動は家を嫌いつつ、離れられない思いでいた。
外泊しても帰らなくても、いずれ母親が気にかかって戻っていく。
なにか良くないものから逃れられないような、こうして生きる他ないような、
諦念と閉塞感が常に体にとりついていた。

この不動と母親の関係をどう言えばいいだろう。
母親が自分に繰り返してきた偉くなれという子供じみた要求を、不動は笑うことができない。
曲がりなりにも彼女に育まれた精神に異常や異端が無い自信など皆無だった。

何の具体性もない偉くなれという言葉を、
不思議と使命のようにとらえている。
感情の表向きとしては自分のためにという思いだが
母親の呪いのような願いとの境界は曖昧である。

総合して考えて、
自分に興味が無いのではないかと思い付いた。
そうかもしれない。

不動は一体何が自分の軸で、
本当というものがどこにあるのかわからなかった。
したいようにするのが一番楽だ。
傍若無人な人格が形成されていく一方で
本来の己を確認できない状態のまま
精神に安定が訪れる。

荒れ狂い自制の効かない年の頃、
乱れの無い彼の凪いだこころといのうは

全くの異常であった。




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