※ ちょっとモブ(オリキャラ?)注意



「籠熱の事を憶えておいででしょうか」
徴兵の少し前から段々と変化していた虎丸の声は、一層大人びて聞こえたがいまだに少年のままであった。
「俺たちがかかったものかね。年を連ねて起こった、流行ったやつか」
「大人の男にばっかり」
「その他にも患者に共通したものがあったのですがお気付きではありませんか」
豪炎寺は皮肉と冗談が混じったように笑って言う。
「病床の隙にお前は消息を絶ったのだったな」
「ああ、…はは」
円堂はあいまいに頷いただけ。もちろん心配もしただろうに、豪炎寺はたぶん事を秘密にされた気分が収まらないのだろう。人に皮肉るのは珍しかった。
「前年、鬼道さんがかかり、翌年里で流行りましたね。
鬼道さんはあの年本山にお登りあそばせたのを憶えておりますか」
「待て、本山に。いいや、…用が無いじゃないか」
眉を寄せると頭が冴えるわけでも無いが考える場面になると表情が険しくなる。円堂はいつもそれをからかったが、今日は似合わぬ真面目顔である。
「あ、そうか。あの年は狩りそこねが出て…でも人手が無くてまいっていた。円堂も居なくて」
「ああ、お前のとこの嫁が本山に騎馬隊を頼んで、そうだそうだ。確かにお前本山に礼をしに行ったな、行ったよ」

“本山”

思い出して、ああ、ああと笑うほぼその瞬間に2人ははっとして円堂を見た。
「毒だ」

『疫かもしれませぬな』

深井戸や谷をのぞきこむ時のような寒気がひやっと頬を撫でた。
毒だ。毒を飲まされたのか。
豪炎寺と虎丸は発症の年納騎隊として本山へ出向いた。戻って間もない頃だったはずだ。虎丸が熱を出した時に、きっと初めての長旅で疲れが出たのだと話していたのをよく憶えている。
里に戻って気が抜けたのだろうなと。
「まさか。ならば流行るわけがなかろう」
「男ばかりだったろう。皆何かしらの用で一度は本山を登って居るんだ。
それこそお前たちの回復を祈るために向かった仲間もいただろう」

(佐久間、何故解毒できたのだ)

驚愕の中鬼道の頭にはそれが間欠泉のように突き抜けた。
「発症の時期がめいめいばらばらだったのも、山へ入った者全てがかからなかったのも本山が絡んでいると勘づかれないためだろう」
「姑息な。しかし本当なのか。突飛に思えるが」
「あの毒は死刑のひとつに使われるものらしい。豪炎寺の親父さんが突き止めてくれたよ」
「父さんも組みしているのか!」
豪炎寺はまいった、とでも言うように笑った。合点が行く事があるらしい。
「豪炎寺が文をやっても頑固に戻って来なかった時には…」
「ああ、もういいわかった。
“それ”をやってたんだろう」
豪炎寺の父君は最初から可能性を感じていたのだろうか。本山に戻られよと再三の通知が来ていたことと何か関係があるのかもしれない。
険しい道を霊峰への納物を届けた者に毒を飲ませる事に、一体どんな狙いがある。
散らかりそうな頭の中を必死で制するが落ち着かなかった。
「腹が立つな。腹が立ってばかりだが。つまり殺す気だったってことだろう」
「もちろんだ。狙いが謎なとこなんだが」
鬼道は礼の品々を納め、騎馬隊も統べる社の主(神主のようなもの)に礼の言葉を粛々とのべて来た。社の者は皆朗らかで一行を労り馳走を用意してくれた。
親切顔でなんという邪悪。
鬼道の中で寒気と怒りが醜く混ざりあっている。怒りはますますぶつぶつと溶岩のようにあふれてきている。
「クソ、なめやがって」
「お言葉が悪いこと」
「おばば、知っておられたのか」
激しくつのる感情に長の微笑みは悠長に思えた。
今すぐ軍をひっばって行ってあの腐敗した山を裁か無くてはいけないのではないか。
怒りはまた焦りも与えた。
鬼道は心乱すのは苦手である。冷静で無い自分は好きでは無かった。

長は扇子を広げるとごくゆっくりとあおぎ出す。
蔵は別段暑くも無かった。
「どうやらそうらしいとまでしか聞いていませんよ。
あんまり深い話をするにはうまい伝達の方法が無くてね」
「虎丸は」
「僕のようなしたっぱがおばば様と長く話していては珍しいでしょう。
僕は全体お二人の文を届けあう役でございましたよ」
虎丸の声は時々かすれた。明るくは無い蔵の中ではこんな話をしていても、なんとなく微笑ましさを感じさせる唯一のものだった。
「鬼道には自分だけの事では無いよ。大叔父様をご存知か」
「大叔父?おばば…」
「お前さんのじいさんの、弟のことだよ。狂人があったとか吹き込まれたろ」
長はかかか、とかわいた笑いをしながらちょっとのけぞる。この方は齢いくつになるのだろうと幼少から思い今も思う。
「離れに住んでいたとか」
「狂っちゃいない。ふりだよ」
「なんですって?」
そういえば、親戚の者は確か修行の途中でおかしくなってと話していたな。以前は大人しく優しい人物だったとも聞いていた。
「狂っちゃいないよ。アレは最初に本山の不届きを見付けてね」
「どれだけ前ですか」
「50年くらいかね」
それほど前から本山はおかしなことになっていたのか。いや、もしやもっと前からなのかもしれない。
「わいろのやり取りを見てしまったらしいんだけど、ばれて、とぼけたらしいが、後で事故と見せて崖から転がされたのさ。
殺されると思って、頭を打ったふりをしたと言ってたね」
その頃はまだ私も娘でね、と、長はさも可笑しそうに笑う。老人が語る時間はいつもお伽噺のように思えた。
「わいろか…」
「50年前は今よりずっと等位や役職が幅をきかせててね。本山に私腹を肥やすばかどもが現れるとわいろのやり取りなんかいつでも起こったろう。
等位が上がれば権限も増える。土地を増やすにも金品を積めば容易かったのだろう」
「だからそもそもの体制が悪い」
円堂が吐き捨てるように言う。

それほどのものは感じていなかった鬼道は円堂が言った“支配”という言葉に少し違和感を感じていたが、広い広い意味で、人の人生や、在り方や、意義なんかの意味で言ったのだろうと今気付いた。
本山への信仰が希薄ながら、修行や制度のいくつかをばからしいとか感じながらも、こんにちまでの人生でさしたる不便を感じてこなかった鬼道にとって、踏みにじられては捩れはてた道を歩まされた円堂の言葉全てを、正しい意味で理解できているかはわからなかった。


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