円堂は鬼道と豪炎寺に遅れて修行に入ったが、時期がずれると生活の場からなにもかも変わるのでお互い山で顔を合わせる事はほとんど無かった。
そのため山で円堂が何を見て何を思ってきたか、全くしらない。戻ってからも修行の話は退屈だったとか飯がまずかったとかさして感想も無いようで、鬼道らも時期がずれたために興味は薄れていた。実際、まさに修行は退屈であり、信仰心の薄い鬼道などは慣れるまで苦痛や屈辱すら感じられた。

円堂の家は二代前の頃は里長を務める一等家であったらしい。
それが先代に移ったのちありもしない嫌疑をかけられる事件が起こる。
円堂の実父は入婿であったが、馬族と呼ばれる移動民族の出身。つまり本山信仰が無い一族の出であった。円堂の家に入るにあたり信仰を改めて、宗束修行も修めたという。戒律を守り重んじる、親切で人当たりの良い人物だったと聞くが、では何故彼は亡くなったのかと言えば大体が曖昧でおぼつかない返事である。
病だと言う者もあるし、狩りそこねにやられたのだとか言う者もある。災害だとか盗人にやられたとかあれこれ言って真実から遠ざけようとする。

円堂の父親のことは、うすぼんやりとしか思い出せない。
いつもにこにことして、鋭利なところはひとつもないような、優しい人だった気がする。
3人で蹴鞠をして遊んでいた時円堂の祖父が大切に育てていた樹の枝をばっきり折ってしまったことがあった。確か5つ頃である。
円堂の祖父からはげんこつをくらったが、まぁまぁと穏やかに庇ってくれた姿が鬼道にとっては唯一はっきりした記憶だった。

とんでもないことだが、円堂が生まれた年に異教徒が神聖な修行にもぐりこんだとして、突然彼の父親は処罰された。
修行を終えてから2年後のことである。
それからさらに5年後に一等家の娘(円堂の母親)と本山の許可なく強引に婚約を結んだとされ、投獄された。
もちろんそんなわけはない。
円堂家は等位を二位降下され、一部の財産を没収された。すでに当主を継いだ後だった円堂の父はその位も剥奪され、息子を本山の稚児(本山に勤める見習いをする子供)として差し出すことも要求された。
この要求に至るまであまりの仕打ちを食らったがため、引退した身で再び当主として担ぎ出された円堂の祖父はそれを拒否した。当然である。
次代当主だった婿は投獄され、さらにその息子までもが奪われてしまってはその先円堂家は絶える他無くなる。

その要求を拒否した翌日、本山は円堂の父を処刑した。
重罪人の処刑法である投身刑(手足を縛り重石をつけて滝壺へ身を投げさせる。魚は卑しい生き物とされており、魚に死肉を食われる事は人間に値しないという最も屈辱的な刑)に処されたという報せは、それから二週間後に修行から帰った若者達から伝えられた。
明るかった円堂の母が痩せこけて病に倒れた姿は忘れることができない。

『おれんちぐちゃぐちゃだ』

円堂が10歳の時母親が亡くなり、祖父も体調が優れないようになってから、少しも陰りの無い子供だった円堂が驚くほどおとなしく憂鬱気な空気をまとうようになった。
時間の経つと共に元気を取り戻しては行ったが、彼の父の死に責任を感じていた祖父は娘までも失う結果となり、すっかり衰弱してしまった。
円堂は、家が暗い。ぐちゃぐちゃだと言った事がある。
幼かった鬼道は何とも答える事ができず、聞かなかったふりをした。遊ぼうと誘いに来た近所の子供とそのままその場を離れた。
遊びつくして円堂のことなどすっかり忘れた帰り道、豪炎寺をみつけて駆け寄ろうとしてびたっと足が止まる。
豪炎寺と春奈(かげにいたので気が付かなかった)は円堂を間にして、ただ一緒に座っていた。
円堂の頭には花冠が乗っていて、3人はぴったりくっついていた。
鬼道は物凄い恥ずかしさが込み上げて動けないほどになってしまう。2人も事情がすっかりわかっていたわけではないが、そうすべきだと思ったのだろう。
羞恥のあまり家に逃げ帰り母親の膝でおんおん泣いた。その数年後に鬼道の母も病で死んだ。
その時円堂は何も言わずにただ鬼道の側に居た。葬儀の間、納骨の儀式、九日祈祷の間にも、慰めるでもない励ますでもない。ただ居た。
それが測れぬほど心強かった。

「何も知らなかった…」
「おれだってそうさ。箝口命令があったからじいちゃんだって喋んないし」
「箝口令?」
「父ちゃんの処刑の事だよ。
ほら、ただの部外者を処刑したんだから反感なんか無いと思ってたみたいで。
父ちゃんは一応次の里長に決まってたし、ここでは信頼されてたみたいだから殺した後で向こうは焦ったみたい」
「ああ…」
「事故とか病気とかあれこれ聞かされて、子供ながらに納得はできなかった。
でも母ちゃんが死んで、じゃあやっぱり父ちゃんは帰ってこないんだなって思ったよ」

修行に行く前に事の真実を聞かされた円堂は、修行の間に本山の裏をできるだけ暴こうと奮闘したという。

日に日につのる向かうところ無い沸き立つような殺意を堪えて。



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