※ モブ子ちゃんズ出ます
※ 泥酔→キャラ崩壊


chapter.04



アルバイトの同僚が恋人からの束縛にまいっていた。
誰彼構わずいやだとか別れたいとかぶちまけていたからその場で知らない者は居なかったが、普段穏やかな人物だけにその負担の重さがうかがえる。
「別れちゃえばいいじゃん」
事も無げな返事をする女の子に、そうだよな、と同調する数人。しかし当人にはやはり恋人への情も残っているようで、でもなぁ、とか、そうなんだけどさ、とか、そう簡単にはいかないようだ。

「源田君ってさっぱりしてそう。アッサリっていうか」
「なに、急に」
「いや、あの子の話だけどさ。彼氏の束縛ひどいって」
「ああ…」
客が少なくて暇な店内はそれでも暗くて音楽も流れていれば雑談がうるさいことも無かった。
「束縛とかしなそう。彼女がわがまま言ったらさ、あ、そうですか、って感じ」
「そうかな」
「実際どうなの?」
興味津々といった様子で顔を覗き込んでくる女の子は先ほど休憩時間に冷たく別れろと言い捨てた本人である。
「うーん…それは相手が感じることでしょ」
「それはそうだけど。自分の感じとしてはどうなの。やっぱり嫉妬深かったり、やかましい娘は嫌いじゃない?」
やかましい、という表現に面食らう。なかなか暴力的な言葉に思えた。
「どうかなあ…」
「ほら、そういう」
「は?」
「そういう突き放す感じ」
何を言いたいのかと首を傾げると、愉快そうに反応を待つ彼女が急によそ行きのすました顔になり、いらっしゃいませえとささやくように言う。
客だ。
入口が源田の死角にあったので、源田は出遅れた。しかしカウンターに立つ2人の前を客は必ず通るはずだ。気配を待って手元のグラスを磨くふりをしようとクロスをあてがう。
「ちょっと」
「は…?」
カウンターに貼り付けられた五本指にはきれいに飾られた爪が見えた。
いつもキラキラしたビーズやマニキュアの、自分の彼女を思い出す。
「アンタ」
「………なに」
顔を上げれば本人だった。
やっかいだなぁ、と心底思う。
隣の同僚は戸惑い気味に、お客様、と声をかけるがアンタ黙っててと一喝されて機嫌を損ねた顔をした。
「なに」
「なに、じゃないでしょ」
「だからなに」
「なに?ホントに?本気で言ってんの?」
「今、仕事だから」
「だから何!」
彼女はカウンターを叩く。
怒らせるようなことしたろうか。
それを見ながらあくびをすると、彼女はふざけんなとヒステリー気味に叫んで見せた。
それを見て源田は思った。
昔遠足で行った動物園で、何かの葉っぱを口と手で裂いてキキーッ!と叫んだ南国の猿。あれに似ている。
あまりに雄叫びが大きくて、当時遠足から帰ってきても昼の弁当も他の動物も全然憶えていなかった。
「帰れよ」
「嫌よ!」
彼女はもはや猿にしか見えない。
カウンターに両手をついて、身を乗り出してくる様は妖怪にも見えた。
こだわりの化粧が無様ににじみ、つやつやとした唇はグロスなのかヨダレなのか曖昧なとこだな、とか考える。
「聞いてんのか!」
「聞いてない」
「お客様、困ります」
「うっさい!アンタ関係無いでしょう!」
巻き添えにして申し訳ない。同僚にそう思ったがこれを帰らせる手立てが浮かばない。
(別れたはずなんだけどなぁ…)
猿が叫ぶ前で源田は思う。
もう何の関係も無いはずの女が自分に対してキャンキャンと、源田にはまったくわからない。
ただ困ったなとか考えていて、そのうち奥から店長が顔を出す。
「クレームか?」
「いえ、俺ちょっと下がって」
言いかけてすべて見ていた同僚がごく手短に顛末を話す。
「源田くんの彼女がキレて来ちゃって」
(彼女じゃねえ)
思いながら源田はエプロンで手を拭いた。
どうやっても鎮まりそうにない猿をいつまでも店に置くわけにいかない。
「裏で聞くから」
「嫌!ここで話して!」
興奮している彼女の背後に緑色の光るものが見えた。
「佐久間…」
「ああーんだアンタこんなとこ居たのォ」
質の悪い絡みに見えた。
「酒出すとこなら教えろよなァ」
人が悪い、とむくれてみせる。意味がわからない。
「佐久間、仕事中…」
はっと気付くと激昂する猿が佐久間を睨み付けている。
「知ってるゥ。おれ客だし」
「お前未成年だろ」
「ばらすなよ」
悪巧みしてそうな面でにたぁと笑う、それがどうして美しいのかが不思議だった。
「アンタか!」
「あ?」
「アンタでしょ、ばか、源田はアタシの、アタシのなんだから!」
「ああー…なに?しゅばら、
しゅ、しゅらば」
ニヤニヤ笑いながら近付いて来る佐久間は、カウンターの照明に当たると顔が白く、酔っているのがわかる。
「なにコイツ!やだ、男?」
「そうでしゅ」
ふらふら、と揺れる頭が細い首に乗っていて、ニタァと笑うと八重歯が見えた。襟首のあいただらしない服だ。
源田にとっては好みだったが。
「何よ、じゃあ関係無い。あっち行って、もう、みんなムカつく!」
「アッハッハ」
佐久間は彼女の隣に座り、細く長い足を大げさな動作で組んでのけぞる。
「とにかく、アタシ意味もなく別れるなんてヤだ」
べそをかきだしだ彼女に、隣の同僚が笑うのがわかる。やっぱりな、と思っただろう。
「ヤだ、なんで…?アタシらうまく、いってたじゃん…」
ぐす、とうつむく。
しかし何とも思わない。
佐久間は隣でカウンターから酒瓶を引っ張り出して瓶から直接あおりだす。
「おい佐久間」
「なァにダーリン」
「!」
その瞬間のキッとした目!
源田は思わず身を引いたが、佐久間は彼女に微笑んで、
「男だろうが関係無いの」
さも遊び人のように拳を作り並んだ指の間から、内から差し込んだ親指を見せた。



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