※ 存外ファンタジック注意


夕香の秘密の見舞いに勇気付けられ、その後すぐ鬼道は父に会う。
父は思ったほど疲れたりやつれたりする様子も無く、むしろ祖父が亡くなる前に戻りつつあるような姿に見えた。
2人きりで夜通し話し、明け方になって父は頷いた。

『私も妻をとても愛していた』

わかっている。
そして父は、自分を春奈を守るためだけに、ああして無理も強いたのだ。
気付けば父は背丈も鬼道より低かった。しかし計り知れないほど偉大でもある。
なに、いずれの事がちょっと早くなっただけだ。肩の荷が降りて、すっとしたよ。
前当主はそう言って、息子を許した。



その報せが届いたのはちょうど妻への誕生祝いを届けに行こうと庭に降りたまさにの時であった。
本山は隣国と同盟を結び、つまり巨大な連合軍が出来上がったというとち狂った伝達である。
この里を名指して降伏せよと届いたのだから、円堂らを匿っている事が何処からにせよ洩れたのだろう。

(なんだか引き裂くための力でも働いているような気がするな…)

じきすぐに大会議に招集される。鬼道は佐久間への贈り物を自室に戻すと公民館に足取り重々向かう。門を出る辺りで鐘が鳴り、招集の合図が里に響き渡った。
講堂では皆暗い表情で、迫る戦火への恐れや不条理への苛立ちを複雑に抱えたそれぞれの様は鬼道に不思議な感覚を与えた。
こんなにも争いを避けたいと望んでいるはずの世間で、殺し合いが始まるのは何故だろうか。
予想はできたが会議は円堂らを責める騒ぎとなだめる一方、それより此れからのあれこれを決めるべきだとか焦るなとかのんきだとかてんやわんやである。
「ま、急じゃこうなる。あと少しかな」
気付かぬうちに背後に席を移していたらしい豪炎寺があくび混じりに呟いた。
「うん。そしてまた明日やるのだろうな。はぁ、さんざんだ」
「そういえば奥方の…」
賢人会の鐘が鳴らされ、有無を言わせぬ老婆の声が閉会だと告げる。
念書の事で長居を避けたい鬼道は露骨なほど早々と堂を抜け、屋敷に戻り寝てしまった。遣いが追っても寝てさえしまえばやり過ごせはする。

妻は相変わらず筆を取らない。

意固地になっている、という印象も無い口振りを目前にすると、苛立ちさえも覚えた。何を思ってそうしているのか、言わなければそれで済む気でいるのだろうか。
佐久間が甘ったれた子供に見えてくると気を揉んでくたびれているのが馬鹿らしくなってくる。
第一戦争が何を置いても馬鹿らしいのだが、今までの彼女の人柄が立場的な余裕から出来ていた物かもしれないと思うとことさら憎たらしく思えてくる。
今さらふて腐れるつもりなのだろうか。
自分の立場が危ういのを、旦那や家のせいに思えたりしているのだろうか。
鬼道も自分の考え方がいびつな方向へよれて来ている事はわかっていた。余裕が無いのは誰よりも自分なのだから。
せめて、せめて確固たるものが…揺らがないものが…


渡しそびれた誕生祝いを持って離れに入ると、ちょうど窓辺から海霧が飛び立つ場面であった。
部屋に風が立ち妻のベールがなびく。白い髪がおどるのが見えると何となくほっとする。
近頃は人が変わったのではと思うことさえあるくらい、妻は頑固だし言葉にも何処と無く距離がある。ベールも絶対に外さない。
「いかがされました。旦那様」
言い方も冷えがある。旦那が会いに来てどうしたかってことがあるか。
「過ぎたが、ほら。誕生祝い」
「………」
「迷惑か」
「いえ、…驚いて…」
そう言って妻ははっとしたようだった。頑固な態度は一貫するも、徹しきれないようなのだ。時々こうして ぼろ が出る。
「気に入るかわからんがな」
鬼道は虎丸が西部のキャラバンから珍しい球根を買ったのように、過去何度か外部の珍品を贈っている。今回は毛が長くなるという見たことのない柄の子猫を買った。
「ちいちゃいこと…」
多少、卑怯だが、生き物をいらぬと返せはしないだろうと思ってのことだ。ついでにこの地方には無い赤い染めの布飾りを首に巻いてやった。
「可愛いだろう」
「ええ…」
妻は戸惑いがちに子猫を撫でる。子猫はぴいぴい言いながら、よたよた歩いて近くに寝ていた猫の腹もとに潜っていく。
「はは、母親と思ったかね」
「……」
「ん、どうした」
「いえ、なんだか…」
ゆっくりぐらりと前に傾いた妻は胸元をさすっている。気分が悪いのだろうか。
「おいったら。吐き気でもあるのか」
「お気になさらずに。近頃、時々こうなのです」
「それなら無理せず寝てなさい」
「時々です」
さする手はみぞおちの辺りまで落ちている。震えているようにも見えた。
「あんまり無事に見えないな。薬湯でも作らせるか」
「いいえ。大したことではありませんので」
「そうかねえ」
「時々に、何となく嫌な震えが来るのです。それだけです」
帯をさする手が慎重に見えてやせ我慢を見抜いたが、なんでもこなすくせ妙な一面が不器用な鬼道は言葉のかけように迷って迷って、結局大事になとだけぶっきらぼうに言って去った。
そうしてまた、自分をばかめと責めるのだった。


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