※ 存外ファンタジック注意


妻、正しくは側室の処遇については、賢人会と豪炎寺、春奈、それから夕香と円堂という異様な顔ぶれで話し合われた。普通、女はもちろんのこと、子供などは会議に参加できないのだ。
『では本人には山に戻る意志も信仰心も無いのですね』
『彼女が信仰に従っているのはベールと冠婚葬祭くらいですよ』
豪炎寺が笑う。
夕香は会議の空気が恐ろしいらしく固まったかのように動かない。笑う兄を信じられないというかのような顔をする。
『夫でもない男がそんなことを知っているのですから、敬虔であるとは言いがたいでしょう?』
この会議は、佐久間がいかに信仰心が薄く、この里に残ろうが何の問題も無いという主張を認めてもらう場である。そのため親しい春奈や、仕えていた夕香までもが呼ばれた。
『彼女は庭で野菜や薬草を作って暮らしていました』
『農作を?』
賢人会はざわつき、信じられないとか品が無いとか言っていた気がする。
彼女について話すほとんど全てにそういう反応で、結果あっさりと現状維持の決定が下った。
ただし本山に戻らないという念書を書かせる事。


「お断り申し上げます」

全く予測しなかった言葉であったために、鬼道は次の音が出ない。何か言おうとしてはくはく動く唇が渇いて行く。
「説得なさいますか。無駄にございます」
「おい、…ばか」
「なんです」
佐久間はすました顔である。
「この、このばかが。死にたいのか。どんな立場だと思っている」
「…火薬みたいな物でしょうな。火が点くかもしれない、厄介な」
正確な例えをされて、鬼道はわざとらしいくらい不機嫌にため息をついてみせた。
「わかっているなら書きなさい」
「いいえ」
「怒るぞ」
「どうぞ」
そして話は平行線をたどる。

押しても引いてもにっちもさっちも行かないので、引き上げて一度春奈に相談してみた。
本当は忍を味方につけるつもりだったのだが彼女はどうやら引き続き離殿で勤めているらしく、それならばこんな話はできはしない。
正妻の立場からすれば折角自分の夫が当主となったのにそれが前妻、側室のためであったとなれば屈辱であろう。いざこざは避けたかった。
「理由を聞いてこなかったのなら私にだってわかんない。義姉さんはどういうおつもりかしら」
「やはり本山は生家ですから。絶縁となると気持ちとしては、信仰とは別なのでは」
「そうか…信仰心が無かろうが、家族との縁は切れないか」
妹夫婦の意見を聞けばなるほどと思う。
その意味が信仰とは別ならば渋る理由として賢人会への言い訳になる。だがやはり本山への未練など、見せて欲しくは無かった。形だけでも。
「頑固者め。嘘でもいいっていうのに」
「義理堅いのよ。裏切るような気分になるのではないかしら」
「戦争なのだぞ。悠長な事を言ってられるか」
そう言いながらも佐久間の気持ちがわからないわけでは無かった。もしお前の命のために春奈や父との縁を絶てと言われたら、さぞ苦しむであろう。
でも妻を守るために…
そのためだけに座を奪ってまで当主ともなったのに急にむなしかった。これで妻を守れずに、戦になって面倒が起これば後悔もひとしおであろう。
それだけは御免こうむりたい。
しかし意気込みとは裏腹に、何日何度通っても、文を出そうとも春奈を行かせても佐久間は了承しなかった。
理由も言わないで。


父は部屋にこもり、誰にも会おうとしなかった。
鬼道もしばらくは会わないつもりであった。貶めるつもりは無かったが、それをうまく伝えられる自信が無かった。
しかしある日、もう鬼道家に通う理由がないはずの夕香が中庭を横切った気がして見渡してみると、彼女は慎重な様子で奥へ進み、立ち止まった父の部屋の窓辺へ、静かに花の束を置いた。
そしてまたこっそりと裏口から出ていった。
父は夕香が生まれた時、春奈が生まれた時と同じように喜んでいた。その頃はまだ豪炎寺の父も里に居て、母も健在であったあの家は幸せの象徴のようだった。
言葉も話せぬ赤子の夕香に有人の嫁に来ないかねと、冗談めかして笑っていた父を思い出す。
この時鬼道の母は既に他界していたが、鬼道はずっと寂しい日々を過ごしていたようには思わない。多忙だっただろうに父はよくそうして豪炎寺家へ連れ出してくれたり、夏の槍山へは毎年のように遊山に行った。その時は春奈や夕香も一緒だったと記憶している。
幼い春奈と夕香が手を繋いでついてくる。それを父が優しい目で眺めている。

夕香は父を憶えていたのだ。

優しく自分を抱き上げてくれたことを、忘れていなかったのだ。


「お前の妹、嫁に行くなら俺は泣くだろうな」
「なんだ急に。気色悪い」
「父の部屋に花を届けていた。知ってたかお前」
「………」
豪炎寺はたっぷり黙って、いいや?とすこぶる意外そうに言った。
「そうか…優しい娘に育ったな。嫁に行くなら、俺は泣くぞ」
「言うな。俺は、親父も泣くだろうに俺まで泣けるかと思うのに」
明るい話をするのは楽しかった。このところずんぐりした嫌な話題ばかりで頭がくらくらする気分だった。
かといって避けられる事では無いし、笑いながら話していたって今目の前に広げた仕事は戦災防柵の建設位置を検討しているものなのだ。
薄暗い。
「念書の件は」
「言うな」
「ははは。さすがだな姫様」
「よっぽど死にたいのか、俺が嫌いなのかな」
「後者かな」
「そうかもな」



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