※ 存外ファンタジック注意


大会議が幕を閉じ、運営委員が木箱を持ってそれぞれの出入口に並ぶ。
出席者は皆思い出したように己の家名が掘られた札を取り出して、木箱に入れる、または何もせずに講堂を出た。
実際忘れていただろう。
世の激動と里のこれからを長い長い間話し合っていた。下克上の事など宣言をした本人でさえも頭からすっかり消えていた。
明日の朝には結果が届く。
講堂での父の暗い目を思い出すと心苦しい。しかし決心なら遅すぎたくらいだ。
離殿を訪ね、一晩泊まるとカメに伝える。通されたのは夫が泊まるための部屋だが、初回で妻の寝所に案内される事は無い。そこから夜這うのが慣例である。
鬼道はまったくその気で来たように見せて、その部屋でさっさと眠ってしまった。
翌朝奥方の御簾前に詫び、あまりの会議の長さに疲れたようだともっともらしい理由を述べると、下克上宣言をした事を伝えた。
遣いが来るから屋敷に戻らねばならないとできるだけ残念そうに言って母屋に戻る。
すると丁度、書簡が届いたところであった。
「兄さん…!」
戸の柱にしがみついて、やっと立っているような妹。
「春奈、聞いたのだな」
「なんてことなの…父さんはご存知でいらしたの…」
「まさか。わかってくれ。なりふり構っていられないんだ」

遣いの委員は書簡を開くと背筋を伸ばして下克上が成されたと告げた。

春奈は力無く柱をすべり落ち、板間に伏せてしまったが、従者は次々跪き、新しい主を敬う姿勢を示す。
鬼道は応えるのもそこそこにその足で佐久間の離れに向かった。


大会議の末、この里は円堂らを受け入れると決まった。
彼らの活動拠点となるを許容する代わり、里を本山の攻撃から守る事。また、信仰を続ける者たちを迫害せず、思想を強要しない事。
この盟約は信者を守りはするが、もちろん本山の一族に対しては適用はされない。あくまで信者に限り、さらにこの里の住民にのみのことである。

『そもそも、信者をどうにかしようとは初めから考えてはいません。我らは天子一族を退けることのみを目的としているのだから』

円堂が率いる軍勢は、清美軍とはまた違った集団であるという。
反発派は皆一様にそうだと思われていたため、場は戸惑いにざわめいた。鬼道も例外ではない。では違った思想を持ちながら、目的は似通った集団がいくつか有るのだろうか。
それも違った。
『元はひとつだったけれど…
迫害行為や意味の無い暴動を起こす過激な一部が分離したのです。説得は逆効果で』
『過激とは、活動がですか?』
『彼らは天子一族に統治を諦めさせるだけでは意味が無いと言って聞かない。
償いに処刑が適切だとか、信者を根絶させるべきだとか…』
たぶん、この里でも繰り返された信者の家ばかりを狙うらくがきや放火騒ぎ、物取りや喧嘩、集団暴行なんかは、円堂のいう過激な一部の者たちによるのだろう。
おそらく当時すでに分離していた清美軍の思想にそそのかされて過激な活動に正義を見出だし、陶酔していたのかもしれない。
何にせよあの手の輩が束になって武装していることは間違い無さそうだった。
『もしかしたら俺たちよりも力を蓄えているかもしれない。なんたって、軍と自称しているんだから』
『ああ、あの清美軍とかいう呼び名が象徴しているな。自分たちが一番正しいつもりなんだろう。確かに過激だ』
豪炎寺はバカにするように鼻で笑った。
『頭の悪さが』
講堂が笑い声でどっとわく。
『おいおい…のんきだな…』
もちろん笑うところではない。
豪炎寺も笑わせるつもりはまったく無く、笑い声が上がって驚いた表情を見せていた。
『つまり、攻撃してくる可能性がある勢力はふたつということですね』
笑い声が少し収まった時、豪炎寺と同じように驚いて周囲を見回していた円堂に訊ねる。
彼はハッとして、言いにくそうに答えた。
『そう、そうなります…』
鬼道の質問で講堂は再び静まり返る。
それから円堂の返事で、今度は深刻そうにさわさわと小声の会話があちこちから聞こえてきた。
『それで、あなた方は一族を退けるという目的を、清美軍の目的と折り合いをつける気は無い』
『そうです』
『ではそのために殺生はやむ無しとしていますか』
円堂は立ち上がった。
『我々は防衛のためだけに武装しています。
話し合って済むのなら、こんな事にはならないんだ!』

彼はおそらく、最後まで誠実を貫いた。

里として出された結論が彼らを受け入れると決まったのも、円堂の姿勢によるものが大きいだろう。彼は懸命だった。
鬼道にも異論は無い。
信者を虐げるつもりも信仰を妨げる気も無いし、避けられるならば戦は避けたい。
ただ鬼道が思うのは、妻の行方だけである。
そのための布石として下克上を宣言した。家長と家長の息子では、出来る事の幅が違う。
妻、佐久間に本山との離縁を約束させれば家長の婦人として擁護もできよう。
本当は父を裏切るような真似などしたくは無かった。
しかし今この時の下克上では、どう取り繕って父を説得しようともこの本心が見透かされたであろうと思う。そうなればたかが側室のために身を滅ぼすかと逆に諭されて終いである。
清美軍の長が本当に円堂であったなら、佐久間を保持するのもやぶさかでは無かったが…
万一ではあるがこの戦いの先、天子一族の根絶やしを掲げる集団がそれを叶えるまでになったとしたら、妻を守るための手段はぬかりなく整えておかなくては。




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