chapter.03



いつかこうなる予感があった。

佐久間はポケットから煙草を取り出し、口にくわえて火を点けた。
見る者が見たらぎょっとするくらい、高価で価値あるライターだったが、佐久間はそんなこと知らないし、どうでもよかった。
カチッ、ポッ、カチッ…
深夜の街路は人気も無いし、灯りもごくごくわずかだった。
暗躍する猫と所在ない人間がたまに足音をたてる。タクシーさえも息を殺し、なるべく静かに走るように見えた。

「やっぱりな」

ガードレールの人影が応える。佐久間が何を言ったわけでもない。
それでも佐久間が立ち止まり、言葉を待ったそれに応えた。そういうことだ。
「…なにが」
佐久間は不機嫌そうだった。
「なにがって。知ってるだろ。電話したんだ。会いたくなってさ」
人影はぐっと体をのばし、寄りかかっていた姿勢をただした。
「でかいな」
「ん?ああ…でもそんなでもないさ」
180はゆうに越えて、手足の長い身体は車道に渡りをつけるほど長い影をつくっていた。
「変なやつ…」
心から思った。
変なやつだ。別に親交が深かったわけでも無いし、なにがあったわけでも無い。連絡先も知らなければ、一緒に出掛けたことも無い。「そう?懐かしくない?
アレ見てすぐにわかってさァ。連絡とれないかなってさ」
「そう…」
佐久間はゆっくり煙を吐いた。

奇妙なことだ。
今こうして遭っていることが、昔のクラスメイトの誰と会うよりも不思議なことだ。何を話した?
佐久間は考えた。
学生時代、(今も学生ではあるが)こののほほんと立っている男と何を話した?
どこで会った?
連れ立ってどこかへ?
共通の友達が居た?
なんだかわからない。
こいつとは何ら接点が無い。

まぁ、隣のクラスでお互い目立った。
何かで隣に座ったり、食堂で話したりはしたかもしれない。
でも佐久間は何故この男が、自分に会いたいかわからなかった。

『手ェ綺麗だな』

ぎょっとしたが、嫌じゃなかった。変な意味があったり、ただのお世辞じゃなく思えた。
後で思えばその方が怖いのだが、その時嫌な気がしなかったために佐久間はそう?とかありがとうとか、そういったような返事をした。気がする。
キリッとした、凛々しい目。ハンサム、だとか、二枚目、といった、そういう賛美が似合う顔立ち。男らしくて交友も広い。一方で佐久間は特別友好的でも無いしどこかに属すのも嫌いだったから、入った部活にもほとんど参加せず人の顔を憶えるのも下手だった。

「なんで?」
連れ立って歩いてから、ずいぶん経って佐久間は言った。
「なにが?」
相手は自分が話していた話に、何の脈絡も無い質問だとわかっていてそう返事をした。
「なんで会いたかったの?
別に、仲良くないおれら」
とりつくろうこともしない佐久間は、正直に言った。
この男がいずれどこかで自分を見つけ、こうして会いにくるとわかっていながら。

「好きだったから」

源田はさもありなんと言った。
(好きだったから)
佐久間は脳内で繰り返した。
(好きだったから…)
男からの告白に、驚きが無いのは驚きである。
さすがにこの容姿では男を惹き付けるにあまりあるものがあるらしく、同性からの告白はさして佐久間には事件では無かった。今も2人の男からアプローチを受け、たった今もひとり増えた。
(なんだかな…)
面倒くさくなって返事をしない。
源田は別に気にした風でもない。
(源田…)
そうだ。源田だ。
源田という。この男は。
佐久間はもう一度、源田、と頭で繰り返して、横を歩く男を見た。自分より頭ひとつぶんはでかい、ちょっと目を引く美男子だ。
「アンタも変わってんね」
佐久間が呟く。
「そう?たまに言われるんだ」
よくわかんないよ、と続けて笑うと、何の気も無しに佐久間の手を取る。
そのままきゅっとつながれて、振りほどきたい、という動きをして見せてみても、ニコッとするだけ離さない。
「アンタ、本物…?」
佐久間はたじろいだ。
「本物?なにが」
「だから…その…」
「ゲイかって?」
「そう…」
「ああ、はは。全然。違う」
彼女居るし、と笑って、それは少なからず佐久間を驚かせた。
「彼女が居て…?」
「アンタは居るの」
アンタ、という言い方が佐久間を真似たのだとすぐにわかった。
「いない…」
「彼氏は?」
「ばかにしてんの?」
「探ってんの」
余地があるなら入るつもり?
佐久間は大きすぎる源田の手に、居心地の悪さを感じていた。
「なあ、離せよ」
「そんなら最初から許さないことだな」
あっけにとられる。
お前からしてきたんだろ、と言いかけて、確かに拒む気配をたてなかった自分を思い出す。
「好きだよ佐久間」
「待てよ、今もなの」
「なにが?」
「そればっか!」
とぼけやがって!と言いたくなって、そういえばこんな奴だと思う。
別に親しくなんかないのに。
「ああ、だったとか言ったから」
「……離せよ」
「やだ。今ちょっと感動してる」
源田は笑う。
不気味だ。振りほどきたい。
でもなんでだか泣きたいくらい、懐かしいような気持ちになる。
(何故…)
源田を見ると、笑っている。
嬉しそうに目尻が下がり、口元はゆるゆるとほころんでいた。


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