※ 存外ファンタジック注意


火薬はおそろしい。山がはげた。
この里の狩家のほとんどが仕事場にしていたであろう山から、鐘を突くような音がして、煙が上がったのが昨日の午前。
鬼道は何故か、唐突に獣らが影を潜めたその原因との関わりを感じた。
『鉄砲の音ではなかったな』
里の広場は騒然となり、皆山から上がる灰色の煙を心配そうに眺めていた。
『うん。鉄砲ではないな。俺もそう思う』
『…だが質が似ていたような気がする』
『………』
豪炎寺の胴元には妹がひしりとしがみついていた。さぞおそろしく思っただろう。花火を恐れる子供である。
『花火ではないよ。恐くないさ』
『いやよ。花火よりずっと恐いものよ。きっとそうよ』
『確かに、火薬かもなぁ』
兄に背中をさすられながら、夕香は顔を上げようとしない。聞けば里裏の原っぱで薬草をつんで居たらしいから、あの音を余計大きくくらったようだ。
『あれでみんな居ないんだわ。鳥も鹿も兎や栗鼠も』

あの山には古い砦がある。
小川のすぐ側に建ち、古いながら石造りだから立派である。古代の戦争で使われたものだとか、何も知らんとか老人らは言う。思い出したくもないものなのか、大抵とぼけるかはぐらかす。
清美軍の拠点が近いと聞いて、なんとなくそんな気はしていた。
煙が上がった地帯を見ると、そう丁度あのあたりだった。


円堂が生きて帰ったと聞いて、殴られたような気分である。

問題はその帰還のありさまや目的やいたるところにあるが、許せないのは、その明白な裏切り。清美軍の頭のようにして戻って来たのだ。兵を従えて円堂は、馬上からこちらを認めてぱっと顔を明るくした。
鬼道は青ざめた。
顔を背け、屋敷に戻った。

幼い頃から親しんできた友人が、乱世の火種だとはなんたることか。
妹の結婚がよじれ、婿は帰れず、里の人々は分離し、治安が乱れ、妻とは別れざるをえなくなり、多くの知人が徴兵され、馴染み深い友人の父が追われる身ともなり、自分の周りだけでこれだけの事が起きている。
きっと数多の人の暮らしが良くない方に転んでいる。
犠牲の意味と価値がわからない。

「兄さん」
「春奈、気分が悪いんだ。しばらく放っておいてくれないか」
「…円堂さんがいらしてるの」
「……」
「話がしたいって」
「今は帰してくれ。話ができる具合ではない」
鬼道はそのまま眠ってしまった。目が醒めるとひどい頭痛がする。
熱があるとわかったが、倒れている場合ではない。

朝支度を済ますとまっすぐ公民館に向かった。
建物の周りには見たことが無い印が描かれた鞍を背負った馬が並べて繋がれていて、門の付近には人だかり。
鬼道は裏手より入り、まず豪炎寺を探した。
すれ違う同僚達が気の毒そうに声を掛けてきたり、非難するような目で睨んでは避けて歩く。
「鬼道、探した」
「ああ、俺も探していた。本当に奴か。見間違いでは無いか」
「残念ながら本物らしい。蝉川の事を知ってたからな」
「会ったのか!」
「少し前に、話したよ。変わってなかった…」
「……」
蝉川というのはうんと昔、幼い頃3人の夏の遊び場だった。
田園から少し入った林の中にある小川だが、毎年蝉の群生地となり川遊びをするにも虫取り場としても大変都合の良い場所である。
蝉川という呼び名は、そう呼んでいた3人だけが知っている。
「…辛い」
「俺もだ。ただ、耐えようぞ」
「……」
豪炎寺は鬼道の肩を軽く叩いて過ぎて行った。
午後から大会議(等位のある家の長と賢人会、各家会長が出席する)が開かれる。
その前に円堂に会う気にはなれなかった。
冷静で公平でなくてはいけない。

外に出ると海霧が上空を優雅に飛んでいた。

暮らしを守りたい。
しかし今までの習慣すべてを決して良いものだとは思わない。改善できるならばしたい事もある。
もしそれらを変えるならば、確かに倒す他に道は無いのだ。
宗教というものは、往々にして柔軟性にかける。
改善も何もそれが一番正しいという前提があるために、崩しが利かない。すこぶるに頑固である。

妻はどうなる。

地位を守るならば鬼道は本山の側につかなくてはならないだろう。円堂と対立する事になる。何より妻を守りたいが、妻自身は本山に対し全くというほど信仰心が無い。
だがもし清美軍が勝利となれば、妻の立場はもっと危うい。もはや正妻から降格しているために鬼道が擁護するにも難しい。
妹夫婦の事を考えると、更に複雑になる。
立向居の里は本山を支持する体制を示し、軍備を整えつつあるという。
何もかもというのは無理だと父に言われると、鬼道は一層思い悩んだ。
必要となれば父は妻を見限るつもりであろう。

海霧が鬼道家の方に降りて行く。

鬼道は公民館に戻り、賢人会に下克上を宣言した。



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