※ 存外ファンタジック注意


年が明け、絶期が明けて鬼道はまず離殿を訪ねた。
現在の本妻には複雑なものを感じているが、彼女自身にはこの結婚への意志も旦那に疎まれるいわれも無いのだし、打算のみの今にしても、これ以上波風を立たせるわけにいかない。
つつがなく挨拶を済ませ、今度は、誰に何の許可も無くして佐久間の住む離れに直行した。

今以上、情けない思いをしたくなかった。

等位の無い家の者の中には一等家を羨む者がよく居る。
だが鬼道には何のわずらわしい事も無く、ただ好いた相手と睦まじく暮らす生活が何よりうらやましい。こんなこと、元の妻でなければ考えることも無かっただろう。
以前は生き方や環境に諦めが強いところがあった。
佐久間との結婚も、冗談じゃないとかふざけるなとか、忌々しく思いながら結局抗う事無く受け入れ、あとでふてくされた。子供だったということもあるが相手のことを想像できる頭があれば妻の境遇は理不尽どころでは無いと気付けたかもしれないし、いじけるだけの自分の幼稚さに思い直す機会がいくらでもあったかもしれない。

今あの存在のあいまいな離れに閉じ込められた子供、我が妻よ。
今こそお前のためにしなくては。抗う決意をしなくては。そうでなくて何が夫だろう。出来うる限りを尽くさなくては。


しかし覚悟をばかにするように、離れに向かう足は遅く、一歩ごとに落ち着きが失せる。
冷や汗すら流れて来た時、女中の叫びとどよめきがわいて立ち止まる。
あれえ若様、申し訳ありません。お止めしたのですよ。お止めしたのですよ。
振り返ると見たことの無い気迫で歩いている(というにはいささか速すぎる気もするが)虎丸が少し先で廊下を曲がり、こちらにずんずん向かって来た。
「何事ぞ」
「ご無礼を承知で!鬼道さん、一大事ですから」
「…聞こう」
「ありがたく!」
「………」
頭を下げる虎丸を、ぼんやりとした気分と視界とでなんとなくとらえる。
うまくいかないものだな…と思いながら、しかし先ほどまでの冷や汗などを考えれば、妻に会うにはまだ覚悟が足りなかったかもしれない。勢いだけでは久々の対面も、台無しだったかもしれないと、自分の中で言い訳をつけて虎丸と部屋に移動した。
「して…いかがした」
襖を閉めると早速といった感じで虎丸は座す。
「ええ、火急です。そのための暴挙でございました」
「門番を通さなかったのだな。俺はかまわんが、家が騒ぐ。いつでも通すから今度は」
「悠長にしていられないのです」
「………」
この子は、確か佐久間と歳が同じだ。
修行に出る前の自分など、もっとずっと子どもだった気がするが、妻につけ虎丸につけ、このぴしりと通った芯は素晴らしいな。感心する。
「わかった。とにかくは急ぐのだな」
「そうです。立向居さんも呼んでいただけまするか」
「うん?立向居も。何があった」
「いささか人を選びますゆえ」
(主人からの話を持ってきた、という様子では無いな…)
鬼道は女中を呼びつけて、妹婿を呼ぶよう伝えた。
虎丸は立向居が来るまでは話さないと黙っている。立向居はちょうど午前の仕事を終えたところで、庭の井戸に居たらしい。手拭いを持ったまま現れた。
「なんです…」
鬼道が座るよう促すと、すかさず虎丸がささやく。
「人払いを」
「なんだって」
「鬼道さん、どうか」
「………」
鬼道は再び女中を呼び、下男に人払いをさせるよう言った。人払いというのは一見秘密を守るのに役立ちそうだが、秘密話をしていたのだ、ということ自体がばれるのである意味では不便である。
しばらくして、よろしいですよ、と女中が扉のむこうでささやく。女中が立ち去る足音を聞くと、虎丸はぐっと頷いた。
「さあ、もういい加減話せ」
「あい。
…では、良くない話から」
ただならぬ、と感じたらしい。妹婿も姿勢を正す。
「…天子一族が徒党を組んで、反発派と戦う体制を取り始めて居るらしいのです」
「戦うですって。まことでございますか」
「徒党…人か?」
「いえ、里ないし、地域で…」
「……ああ、」
立向居がうめく。
これは戦争だ。戦争になるのだ。
「旦那様に山からお使いが来ました。山に戻られよ、戻り軍の整えに仕えと」
「軍…!なんと…」
すさまじい響き!
軍…一族は本気で里者と戦うのだ。騎兵隊や火薬武器の必要性を指摘する者は昔から居たが、それが信仰者に対し向けられる日が来ると予想できた者は居るまい。
「旦那様は、…お断りあそばされました。しかし、断りきれるかわからないと…」
「…一体、世間はどこまでおかしくなるのかな」
「じき、里に広まれば…」
戦わぬという選択は出来ないであろう。
どちらかの側について剣を振るような日が来る。
鬼道はうなだれた。身が引き裂かれそうだった。

(次子よ…!)

『あらやだ!旦那様』

乾いた泥がくずれて、さらさら散っていくような思い出。
幼い妻と交わしてきた言葉や過ごしてきた時間。それが砂の嵐のように、ざらざら体を包みながら、かすかに叩いているような、やるせない、むなしい、つらい思い…
とても言葉では表せない。
もう、どんな顔で会いに行けばいいのかもわからない。
隣に座って、ただ長い時間を一緒に過ごしたいと考えていた。
でももう今なら、俺は泣いてしまうんじゃないか。

うつむいたまま、ずっと黙っていた鬼道が
虎丸のもうひとつの話をまるで聞いていなかったと、立向居にはわかっていた。
義兄が昨今深く傷つき、いかに平穏無事な世間を望んでいるかよく知っていた。

なんて世界だろう…

慈しみ合うだけの心をたもつ人々が、戦火に巻かれていがみ合い、殺し合う日々がそこまで来ている。
義兄は昨年アカヤギの話をしてくれた。
今となってはうらやましいと思うんだよ、と。


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