※ 存外ファンタジック注意


理由をつけて会わなければならないのは、ばかばかしい。立場や体裁を考えなくても良いはずの間柄で、窮屈である。
届いたばかりの竹菅には金が流し込まれた文字で妻宛であると記されていた。
「忍、佐久間は居るか」
「用件ならここで聞きまする」
「会わせてはくれんのか」
「姫様の許可がとれたらば」
「……」
やはりカメは奥方に忠実なのだ。この忍に関してはそれはもう余計にそうであろう。
「されば、大事な用事であるからして、是非の拝謁を願おうか」
「こちらにて!」
相変わらず、ぴしゃりとした物言いである。鬼道は玄関先に座って寄ってくる猫と戯れて待った。
しかし遅く、やや経って、ようやく忍が戻って来る。
「どうぞ」
「もめたか」
「お陰で」
「すまんな」
「ふん」
忍も気苦労があることだろう。
本山の立場が揺らいでいる今、息苦しさは感じているはずだ。少しだが顔に疲れが見える。
「姫様」
「忍さん、どうもありがとう。旦那様、お久しう」
「ああ、やけに」
「仰々しいでございましょう」
まさか、今さら御簾の前に通されるとは思わなかった。元から物のすくない家だがさらにさっぱりとした気もする。
「お前、何を考えてる」
「いかなるご用件でございましょう」
「……」
取りつく島もない。鬼道は妻宛の竹菅を御簾の前に投げ、乱暴に座った。
竹菅を拾う細い指が御簾からちょっと見えただけで、またするすると戻っていく。もうひと月も妻の姿を見ていない。
「実家からのようでございます」
「知ってる」
「何をすねておりますの」
ふふ、と笑う声。
不安な毎日を過ごしているのではないだろうかとか、会って元気付けてやりたいだとか思っているのに、やっぱり女は強いものだ。
御簾の奥では妻が文を読む影が動いている。
「内容は」
「山に帰られたし」
「…やはりか」
「いかがいたしましょう」
「珍しい。俺に訊くのか」
「離縁なら承服いたしますが、ただわたくしが里に帰るならば体裁も悪うございましょう」
「離縁か…」
いつかその言葉が出ることをおそれていた。親戚や父や、友人たちより、我が身を危惧してかけられるかもしれない言葉だと思っていた。まさか妻から聞こうとは…。
「案ずるな。お前の身は保証しよう」
「ふふ、できますかな」
「……」
「……」
「…今のは、無礼ではないか」
腹に据えかねる文句に聞こえた。状況に瀕して八つ当たりでもされたのかと思ったが、主人に対して適した言い様とは言いがたい。佐久間は答えた。
「煽るわけではありませぬ」
「ふうん」
「ひとりで出来る事を越えた話ではありませんか」
「俺ではお前を保持できぬと」
「する必要が無いと申し上げているのでございます」


妻は、自分に傾けられる愛情ににぶいわけではなく、自分にその価値が無いと思っている。
俺には彼女の生い立ちをどこかで否定する意識があったように思う。本山の娘である事。強いられて寄越された意思の無い結婚。向き合うまでの時間。
都合が悪いから。
だからか過去をきかなかった。実家での暮らしや、婚儀から修行で会わなかった間の里での生活。
本山の女なんてという否める心。それにいじけて無慈悲だった自分の有り様。
全て自分の情けなさにつながる。

お前、本山ではどう暮らしていたんだい。

そんな一言も言えぬ夫に、自分が必要であると妻が思えるわけもなく。
情に厚いのに他人から受ける自分に向けられた好意に気付けない。それだけで妻の幼い頃の環境が、じわじわと冷気を帯びるようだ。
忍があんなに過保護なのも、ただ敬する天子一族の姫君への忠誠というよりも、いつかどこかで彼女のなさけや心の姿に救われて、あの子を護ることを信条としたのであろう気がする。

必要ないという、まことの心で放たれたであろう言葉は鬼道を深く傷付ける。しかし何も言えず、一発でも殴りそうなのをおさめておさめて帰ってきた。
くやしかったり、悲しかったりした。
しんぼうできず、自室に戻るなり涙が溢れた。それも情けなくてたまらない。
思えばいくらでもそんなふしがあったあの子を、もっと可愛がってやる必要があった。少なくとも自分がどれだけ彼女の美しい心にうたれ、救われてきたか、いかにこの縁に感謝しているかを伝えてくるべきであったのだ。

「泣くとは思わなんだ」
「くく、難しい嫁だな」
「はぁ、ただ事にすまん。午後に話をつけに行く」
翌、朝の勤めが終わったらひるげの前にでも妻と話をするつもりでいた。
「お義兄さん」
「お、立向居。久しぶりだな」
「豪炎寺さん、ご無沙汰です」
「どうした」
立向居も立場があいまいなところだが、臆さずよく外に出る。
「ご当主がお呼びですよ。ひるげを共にと。お話があるようで」
「はは、なんだ間が悪いな。嫌な予感がする」
「ちっ、面白がるな」
豪炎寺は愉快そうに笑ってさっさといなくなってしまった。
「わかった。参ろう。わざわざありがとう立向居」
「いえ……」

思えば妹婿はこの時には聞かされていたのであろう。
父の話がいかなるものか。


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