date 23:



明日会えたらそれでいい。
風介に会えない1日をそう思って乗り切る時、期待は毎日薄れて行くのに希望を捨てられないのが不思議だと思う。
物理的な隔たりや精神的な別離では無いからだ。
偉大な学者が人生をかけて挑む壮大なテーマそれに近い。暗闇で形の無い透明な物を、あるかもわからないのに手探りで探さなければならない。
オカルトにも近い。

その後施設の設立者は、いくつかのややこしく長い罪名で実刑判決をくらい、長期に渡り裁判を続けたが、なかなかの懲役も決定した。
それからの施設の運営は難しいだろうと予想されていたが、5年以上前から入所している子供全員に半年間のカウンセリング実施と健康診断、職員全員に定期研修が義務付けられた事、隔週で児童相談所と裁判所の不定期監査が入る等の条件付きで継続が認められた。
責任者は初代の園長。経営者は瞳子。
新しい受け入れは現在も予定はないらしいが、当時暮らしていた子供達の生活環境が変わる事がどう影響するか危惧されての措置だったようだ。

ヒロトの事情聴取はカウンセリングを合わせ、時間にして30時間を超えた。

晴矢は何度聞いてもすべてを理解できなかったが、つまり設立者は犯罪者で、自分たちは被害者で、ヒロトや風介は証人で、それを明るみにしたのは瞳子である。
瞳子とヒロトの父、我らが父は、施設の子供と我が子を使い、人体実験に等しい企てを長らく実行してきたらしい。
親の求める理想の子供をつくって渡す。
おとなしかった奴がやたらと明るくなったり、甘いものが苦手だった奴がドーナツが大好きになったり、攻撃的な奴が気持ち悪いくらい温厚になったり。
言われてみれば心当たりがある。

きっかけはたぶんヒロトだろう。

吉良の長男はヒロトと容姿が似ていたらしいから、だから里子として引き取ったのだろうし、息子に近ければ近いほど嬉しいのはわかる。
ヒロトは何も言わないがたくさんの事を強いられただろう。
地域のサッカークラブで楽しそうにプレイしていたのに、突然スポーツクラブに入ったり、肉が苦手とか言ってた時期があったのに、一番の好物が肉料理ということになっていたり、
些細な事に息子との相違を見つけては、ヒロトを息子に仕立てようとしていたのでは無いだろうか。
晴矢が理解できたのはこの程度であったが、それで確実に苦しんでいたヒロトと、変わってしまった風介を知っている。
これら実験まがいの性格矯正が児童虐待として告訴された。
瞳子が施設を去ったことで歯止めが失われたのだろう。父を暴走させてしまったと瞳子はいつまでも悔やんでいる。
立件に伴い、これまで施設から子供を引き取った養父・養母、里親数人と、預けていた実親数人、施設で働いていた職員数人がそれぞれの罰で裁かれた。
風介の母親は前科のため、より刑期が課されたらしい。

そんなことはもうどうでもいい。

風介は完全に人格が分離し、本来の風介は落下事件以後一度も現れていない。
すくなくとも晴矢はそう思っている。
多くの子供達が本来の風介を忘れ、風介が、おそらく虐待から逃れるために造り出してしまった人格の方を、風介自身と勘違いしている。
入院当初は口も利けず、包帯まみれの姿でただただぼんやりすわっているだけの子供だった事。
手のつけられない癇癪持ちだった晴矢を唯一止める事ができた風介。
今ならばわかる。
晴矢を恐れていた意味。体を張って拳を止めた事。あの時に泣いた理由。

風介にとって暴力は、いつも自分にふりかかる果てしなく続く恐怖だった。

晴矢に殴られる相手の恐怖が誰よりよくわかっただろう。
なのに飛び込んで来る勇気を、10年近く経った今になってぞっとしている。聖人ではないだろうか。もしくは天使。あるいは神。
風介を殴ってしまった日を、忘れる事が出来なかった。
本当はずっと憶えていた。
あの日、晴矢は自分を見限った。
おさまったりぶり返したり、止められたり止めきれなかったり。何故、自分からあの暴力が生み出されていたのかわからない。今でも、抑制できている自信は無い。
いつでも突然で、制御できない爆発が、いつまた起こしてしまうか誰にもわからない。
でも風介が命がけで止めてくれた。
だからもう大丈夫。
何故そう思うのかはわからないが、風介の存在だけが、彼のあの尊い慈愛があの時から晴矢の未来を照らしている。
暗い場所にひとすじ射し込むような、光線のようにまっすぐした衰えない光。
それが見える限り自分はもう絶対に大丈夫。

風介にとって自分がそうなれたらいいのにと、今は毎日思っている。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -