※ 存外ファンタジック注意


2人が全快して床から出た時季節は既に夏だった。
この間にあらゆる事が起き、さまざまな事が変わった。

春、雪が溶けても何故か今年は獣が見つかりにくかった。
そのため狩りを生業とする家の者たちは貧窮し、よその畑を手伝ったり里の警護や納騎隊に勤めたりして暮らしていた。時々他の地域から牡丹売りなどがやってくるとみんなこぞって肉を求めたが、それは獲物が獲れない事態がこの地域に限られているということである。

病に倒れる者が増えたのも異常な事態のひとつだった。そのだいたいが納騎隊で外に出る者だったため、外には悪霊が出るのだと里の者は噂した。
だから獲物も獲れないし、病気にもかかる。里が無事なのは霊山の御加護だから、信仰を怠るなと長老会の賢人らは言った。

さらに不気味な事件も起きた。同じ盆地の隣里から若者がある晩にごそりと消えた。
狩りそこねを退治しに行くと言って出掛け、戻ってこなくなったらしい。それを探しに行くと告げて、さらに人が減った。
息子や夫が不在となった家の老人や赤子を持つ若い母親などは親戚の多いこちらの里に身を寄せて暮らしている。
消えた若者は不思議に等位の無い家の者に限られていた。

それに伴い、円堂も姿を消した。

隣里に親戚と恋人が居た円堂は、そこでも頼りにされていた。狩りそこね退治に出て戻らない者たちを探しに行こうと声をあげたのが彼だったという。
梅雨に入る頃になっても消息は愚か誰の持ち物も骨のひとかけらさえも見付からない。
梅雨が明ける頃には、生存をあきらめる者も多かった。
同時期佐久間は嫁いで来て以来初めて外出したいと言い出した。
鬼道が仕事がてらに連れ出すと、行き先は円堂の実家だった。
孫の行方知れずにすっかり憔悴していた当主に会うのは鬼道には気の進まない、辛く思える事であったが、2人は鬼道が出た後も、長く話し込んでいたらしい。
妻が何と言って励ましたのかわからないが、迎えに来たらば2人の様子は穏やかだった。


豪炎寺らの体調も落ち着いて来た頃には、妻の離殿は本山と似たような信仰対象となっていた。
霊山本家の娘が住む家と聞いてだろうが、隣里から引っ越して来た夫の戻らぬ身重の女が離殿に向かって参拝をするのが広まったのだ。藁にもすがりたいという心境だろうが、ただの少女である妻がむやみに有り難がられる事は鬼道にも居心地の悪さを与えていた。

さらに悪い事に妻が「疫かもしれぬ」と言ったあの“籠熱もどき”が里で流行った。

悪霊だとか天転(神の力が弱まり、悪霊の力が強まる年の事。数年周期に来るとされている)だとか恐れられたが鬼道ははじめただの偶然か籠熱と似たようなものだと考えていた。
そして夏。

「すこぶるなまってる」
「仕方なかろうよ。ずっと病床でいきなり前のようにとはいかんさ」
「物を握る力さえもこのざまだ」
豪炎寺は乾いた竹をぐうっと掴んで見せたが竹にはひびも入らない。
「これでは何があっても役に立たない」
「あせるなよ、病み上がり」
「しかし、神隠しがあったらしいじゃないか。探しに出るにもこの身体ではいつになるか」
「よせよ。無駄だ」
「なんだ、らしくないな」

鬼道は円堂の行方不明を、死として完結させていた。
幾度自分も探しに行こうと思い立ったか。しかし向こう里の山には勘が無く案内できる者も居ない。
ただでさえ人が増え、統治にあくせくする里に、万が一自分が消えたらどれだけ苦労をかけるだろう。
治安の安定が欠かれてから妹夫婦のこれからも守ってやらなねばならないし、家の体制を建て直そうと必死の父を支えることも出来なくなる。

背負うものの重さに気付くと、妻の存在が震えるほどにありがたかった。

親友を失い、その悲しみ。騒然とし続ける世間と周囲に疲労する日々。
鬼道は離殿で寝起きし、妻と暮らした。
今までいかなる女の前であろうとも一度も弱みを見せなかったが、まだ少女である妻の膝に突っ伏し、友の消失を嘆いた。

『こんにちまで、よくこらえなさいました。
御立派にございまする…』
情けないとは思わなかった。

それまで離殿に向かい手をあわせる住民たちを愚かしくさえ思っていたが、妻の尊さを考えれば馬鹿にできない行為に思えた。

今、最初の患者達が床を出たが、妻はまだ看病を続けている。
毎日里の病人にかかり、休む間も無く治療に当たる。
「大丈夫か奥さん。あり得ないだろう…一等の嫁が」
「非常事態だからな」
心配はもちろんだが、妻が希望した事だった。
彼女の性格ならば治せるものを黙って見ていられるわけが無い。鬼道も悩んだが最終的には条件をつけて承諾した。
「それにうちの嫁だとは誰も知らん。本山から来た薬師って事になってるからな」
「お前の方はどうだ。患者は何故かみんな男だからな。妬けるんじゃないか」
「…わかってたのか」
「佐久間が俺たちを抱き起こしたり食事を食わせる時なんかは、お前睨んでくれたからなぁ」
木刀を素振りする豪炎寺の腕はだいぶ細い。鬼道も去年味わった辛酸である。
「豪炎寺」
「ん?」
「言わねばならん」
「改まるな、気味が悪い」
「悪かろうな。だが手を止めて、聞いてくれ」
「………」
豪炎寺は木刀の先を庭に下ろし、額をぬぐって鬼道に向いた。
「なんだ。神妙にして」
「円堂が死んだ。たぶん、向こう山で」
「……確かか」
「……」
鬼道は辛そうに、うなずいた。
苦しむなか、闘病の辛さにそれを放る事は出来なかった。親友が二度と戻らぬ喪失感は、ただ事では無いのだから。

豪炎寺はしばらく黙っていたが、やがてまた素振りを再開した。
「そうか…」
「豪炎寺」
「…見舞いに来ないと…
…思ったよ……」
「すまない。ずっと言えずに…」
「………」
「………」

彼の痩せた腕が元に戻ったら、2人で円堂を探そうと誓った。
家族の元に骸を返し、恋人と共に墓を参ろうと。


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