※ 存外ファンタジック注意


腕に出来た赤いひぶくれのような物を見ると、佐久間は息をのんだ。
『外に出ないでくださいまし』
虎丸はもう2日目覚めない。悠長にしてられないと、佐久間は璃殿に虎丸を連れて来させた。
運んで来たのは豪炎寺だった。虎丸は奥の部屋に寝させられ、佐久間は一刻も出てこない。夕香の治療も懸命だった事だろうが、そもそもが遅かったのだと佐久間は言った。
『ここまでになっていたのならこの薬では間に合わないのです』
虎丸の顔や首や腕にも足にも大小の赤い斑点が見えた。籠熱ではないことは確からしい。鬼道にはあのような斑点はできなかったから、それぞれが別の病だったのだろうか。

「やっと終わったか。どうだ虎丸の具合は」
「悪うございます」
「まあそうであろうな。助かるか」
「気力がもてば」
「そうか…」
目を下げた豪炎寺の腕を、佐久間がつかみ持ち上げる。
「あなた様もかかっておられる」
「同じ病にか。うつるのか」
「わかりませぬ。まだ…」
そのまま豪炎寺にも虎丸に処方した薬湯を飲ませると、斑点が消えるまでこの屋敷から出るなと言い出した。
「大げさだ。俺は熱も無いし」
「いえ、たぶんですが、いきなり高うなるかと」
「………」
「あんまり無茶を申すなよ。明日も仕事のある身だぞ」
見かねて鬼道が諭しに入るが佐久間は頑として聞き入れない。

「もし疫なら事です。
なめなさるな」

それを聞くと豪炎寺は観念して、だが明日までに何か自覚できるような体調の変化でも無い限り、帰ると言う。14歳の娘にその気は起きぬと笑っていた豪炎寺だがさすがによその男を2人妻の家に残すのは落ち着かない。鬼道も泊まる事にした。
「もし豪炎寺が疫病なら、俺にもうつるだろうか」
「旦那様にはおそらくうつりませぬ。なにもかも予想で恐縮ですが、あの病を殺す薬が血の中でできて混ざっておりますので」
「俺だけが?」
「去年の籠熱は…」
そこまで言って、あっと口をおさえる。とぼけていたのが台無しになった。鬼道は言及しなかったが、何故佐久間がそれを隠すのかは不思議だった。

翌朝豪炎寺はあさげの後にさぁ帰るぞと立ち上がり、そのまま倒れた。ゆでられたように体中の熱が上がり、なのにがちがちと震え出す。
「やはり」
佐久間は髪を束ねるとたすきをかけてきびきびと働きだした。
「忍さん、布団をもうひとつしいてくださいませ」
「奥にでよろしいですか」
「はい。虎丸さんのおとなりへ。旦那様、お運びねがいます」
それで自分は庭におりると、様々な草花を集めざるに放る。ひたすらたくましい。
良い嫁を持ったと言いはしたが、これは豪炎寺の言う通り、過ぎた相手かもしれないな。この年の春はこうして訪れた。

よりによって里の英雄みたいな若者が2人もわけのわからない病で苦しんでいるのだから、どうにかお助けくださいと住民それぞれが祈ったり願ったり。夕香には虎丸も兄のような存在であるし、佐久間を手伝いながら心配でたまらないといった様子で毎日献身的に看病している。
「この病、うつるとしたら女にはかかりにくいのだろうか…」
「何故です」
「お前も忍も毎日毎日病人に接していて、うつる気配は無い。夕香もだ」
「なるほど。確かに。つくづく不気味な病にございますな」
看病だとわかっていても妻が男を抱き起こすのを見ると頭がぐらぐらと沸くような気持ちになる。当然あり得ない光景なのだが、緊急性を考えると駄々をこねるのもばかでしかない。
ひょっとしたらこの宗教は嫉妬深い男が開いたものでは無いだろうか。妻を閉じ込めるやり方は、ふと気付くと狂気じみている。
「世話になる。すまないな」
「余計な事を考えずに、頭もできるだけ休むのですよ」
「ふ、たくましいな」
病床の親友を妬ましく感じる。去年鬼道は自室にて、腕の無い薬師にさんざん苦くまずい薬をのまされるわ、ほとんど隔離の状態で、あまり人にも会えず孤独に苦しんで、そんな闘病だったのに。自分も経験したからこそその苦しみにも同情できるのに、妻は2人にかかりきりだしつまらないし悔しいし、どうやっても気持ちが尖る。

妻が忙しいので離殿で鬼道は毎日ただ暇だった。
時折廊下をぱたぱた走る佐久間や夕香をぼんやり眺め、意味無く眠る猫を撫でたり読んでもいない本を開いたりしている。
「やだ、兄さん恐い顔」
すると春奈がそう言うのだ。
「なんだ。そうかね」
「兄さんも嫉妬なさるのね。なんだか意外。それとも義姉さんだからかな」
幼く思っていた妹が“嫉妬”なんて言葉を使うので面食らう。しかしもう13歳なのだから、あまり不自然というわけでもないのか。
「嫉妬なんてしてない」
「じゃあその恐いお顔は一体なんなの」
「………」
「ほらね」
「腹が痛いのだ。俺は今、腹が痛い。だからだ」
春奈はきょととまばたきすると、憚らず笑いだす。
苦しすぎる言い訳をしたとわかっているだけ鬼道の方も恥に思えた。
「ま。楽しそうですこと」
「忍さん、聞いて」
「やめろ春奈。そいつにだけは言うなったら」
「なんです。気になるわ」
鬼道は自分がまるで妹よりもずっと幼い子供になったような気がして照れた。
忍は笑うかと思ったのに案外その反応は薄く、ふうんと言って鬼道の方を一瞥するとまたぱたぱたと去って行った。
「意外。忍さんなら笑うかと思ったのにな」
「お前には兄の威厳も何も無いな。情けないよ」
「あら、私ちゃんと兄さんを尊敬してますよ。ねぇそれよりもね」
それより、と言われてましてなんだか切なくなるが、それは確かに“それより”だった。

「忍さんに口止めするのを忘れちゃったわ」


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