※ 存外ファンタジック注意


「やはりかあまり軽視できる状況では無いな」
「うん…そうか」
「立向居には言いにくいが、もしや戻らぬ方が良いかもしれない」
納騎隊(本山に奉納の品を届ける隊)が戻り、鬼道はさっそく豪炎寺を訪ねた。
豪炎寺が納騎隊に参加するのは毎回では無いが騎馬と武道に優れているので道が危ない春の隊には不可欠の存在となっている。
「あ、そうか。今回は虎丸も行ったのか」
「はい。初めて参加させていただきました。光栄です」
「で、どうだ。来年はお前も修行に出る場所だ。行けそうか」
「今回は皆さんが一緒だったのでなんとかなりましたが、ひとりは心細いですね」
「鬼道、話を割るが」
豪炎寺は厳しい顔をしている。虎丸に、席を外せと目配せすると、声をぐっと小さくして話す。よほど警戒しているらしい。
「油断できないぞ。本当に、奴らは過激になってきている」
「立向居は今回の結婚のために山入りを延ばしているからな。里に帰ったら行かされような」
「万が一襲撃を受けようものなら悲惨な事だ。まぁ、奴らの言い分もわからなく無いが」
「おい、滅多な事を言うなよ」
本山への反発はその意思が集結しはじめた事でだんだんと激しさを増しているようであった。
こういった反発因子はもうずっと長いことあったと思うが、所詮は古くさい伝統に言いなりになる事が癪だという若者たちの小さな反抗心に過ぎなかった。それが最近の激化と集結はどうしたことか、一部では武装をしているとか、天子の一族を討つだとかいう物騒な噂も聞こえてきている。
鬼道はこれらの噂を、一切妻の耳に入らないよう徹底した。本当は知らぬ方が良いだろうと思いつつ、腹芸の出来ない妹にも伝えた。忍にもよくよく頼み、夕香については兄に任せた。
放っておかれればそのままなのに、こういう事にだけ敏感になるような人種については心配だった。野次馬根性で離殿の回りをうろつかれでもしたらたまらない。
信心深かった祖父が敷地の外からは離殿が見えぬように土地を選んだので、目を配らなくてはならないのは内部の女中や出入りする商人らの陰とも言えぬ声量で叩く口である。
急におせっかいを焼いてあれこれ持ってきて見せたり力になるとうそぶいて上がり込んでくるようなのも居る。
そう思うと世の中結構物騒だ。
妻は、勉学知識は豊富だけども、箱入りだから。
どんな人間もこの世には存在するのだと知らない。
大事な大事なお姫様として育てられてきて、財ある家に嫁いで、今度は旦那が過保護にしている。

(いけないとは思いつつも…)

鬼道は、どうしても外での話を幼妻にはしたくなかった。世間を知らぬ嫁は後々面倒を起こしかねない。話しておくべきだと思いながら、清流に墨を流すような気分になる。
よって孫を孫をとせっつかれても、やはり妻の臥所にもぐるというのはとんでもない。いずれ、もっと成長して、無理ない頃にと思うのだが、宗家は長男にやかましいものだし、父の心もわからぬではない。
父は最近、痩せた。
祖父が亡くなってからの気苦労は大変なものであったろう。父の姿を見かけると久しぶりだと思うくらいに、忙しない日々をおくられていた。
祝い事があれば、家も多少落ち着くかもしれない。体制のぐらついているのが、少しもおさまるかもしれない。
そういう思いもあるだろう。
妻がもし男児を産みでもしたら、騒がしい親類縁者らも口出しの無用さに黙るかもしれない。

「鷲」
「鷹です」
「そちらは」
「サシバ」
「ああ、いつぞやの」
ようやく暖かい日も差すようになり、春が間近。妻の庭の雪もとけかけて、梅が……
妻はさっそく庭に立ち、その腕に獰猛そうなでかい鳥が停まっていた。狩衣姿は越冬の間に見なかっただけだというのに懐かしいような気分になる。
「つつかれたら、ひとたまりもないな」
「まぁ、そうでしょう。一応雛から育てましたが、なにを考えているのやらははかれませぬ」
「雛からだと。いくつだ、そいつは」
「ええと、ななつになりますな」
佐久間は平然と鋭く曲がったくちばしを撫でて猫にするように喉をなぞる。
さすがに度肝を抜かれたが、馬やら犬やらの前例があるがためにありえないというばかりの光景ではない。鷹は巨大だった。
「名前はあるのか」
「勝手ですが、海霧と呼んでおりまする」
「海霧。雄かね雌かね」
「さあ…」
「佐久間」
「あい」
「虎丸が倒れた。看てやって欲しい」
「………」

籠熱だろうと里の老いぼれた薬師は言った。
でも鬼道にはそれだけに済まない気がした。
去年自分がふせったその症状とよく似て見えた。それに虎丸の年は数えで16。籠熱にかかりやすいとされる年頃からは少しずれている。大人が籠熱にかかるのは珍しい事。去年の鬼道の時でさえ、よっぽど別の病気に違いないよと言われるくらいに久方ぶりの大人患者だったのだ。
それが2年続けて出た、となると、本当に籠熱ではなく新しい未知の病の可能性がある。
ならばますます里の薬師に託してはおけない。

「ならば夕香に製薬を教えましょう。わたくしは、ここから出ませぬ」
「わかった。それでもかまわん。とにかく手遅れになるから、どうか頼む」
「疫かもしれませぬな……」

妻がぽつんと言ったのを見ると、止まり木の鷹が頷いたように見えた。



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