いうまでもなく暮らしの安定しているであろう鬼道や源田を見ていると、最近ちょっと妬ましい。不眠症になってみやがれ。凄まじいぜ。

父親に会うとその度記憶とのズレが正されて行った。

顔や雰囲気に対する違和感は、おそらく彼が老いたからだ。
あれから10年近く経っている。
近所のファミリーレストランに呼び出されると、好きな物を頼みなさいと言って自分はコーヒーだけ飲んでいる。
不動はたとえ空腹でも、一度も何も注文しなかった。
これがどういう種類の意地なのかはよくわからない。でも素直におごられるのは癪に思えた。
よりによってのファミレスが、取り繕っているようで勘にさわる。相手がなにを望んでいるのかいつまで経ってもわからない。
不動と父親の姿は、気の優しげな父と反抗的な息子に見える。なんとなく距離をつかみかねていて、気まずい感じの父子そのもの。
どう見えていようが不動はどうして父親に会うのか父親はどうして自分に会うのかわからない。目的を言わない父親が、今さら息子にただ会いたくて来ているだとか、そんなわけはない。
そんな人間らしい考えなど、持つはずがないと不動は考えている。

影のようにあやしくでかい男たちが来て、長々激しく戸を叩いたり、けたたましく母を罵倒したり、夜中居間に居座ってそこらを吸殻の山にしたり、窓を割ったり家具を倒したりそういう日々に父は居なかった。
それが自分のせいだろうが自分だけは逃れて生きてきたのだから、今さら申し開きようもなかろうと普通ならば思うはずだ。

『明王…何か、欲しい物があったら…』
『……』
『サッカー頑張っているんだってな…ボールとか、靴…なんて言ったかな。そうだ、スパイク。新しいのがほしくないか』
『……』
『遠慮しないで食べたいものを食べなさい。ケーキでもいいぞ』
『……』
『さぁ、何か思い付いたか?欲しい物はあるか?』
『まともな親』

無理に笑おうとしていた事はわかっていた。

父親が、どういうつもりかわからないのは本当だけど。会った時嬉しそうなのは演技なのか、大きくなったなと涙ぐんで見えたのは気のせいなのか、背負えない物を丸ごと投げて逃げた事など忘れたのか、目に余る気がした。
この人は哀れだけど、きっとずるいような気がする。
彼にとって不都合なことを良いように解釈して記憶しているのかもしれない。
どうやって自分の居場所を突き止めたのか、何の用があって会いに来ているのか、そんな事よりも今こいつが、どういうつもりで自分に向き合っているのかそちらの方が重要だと思う。
全て許されていると思っているのだろうか。まだ父親として振る舞っていいと思っているのだろうか。
不動が父親に黙って会うのは、観察のためという理由がほとんどを占めている気がした。

自分の人格について卑怯で不信感の強い面がある事が、父親に因果を感じる。
このどうしようもないゲスの血が自分にも混ざっていると思うと、たまらなく気分が悪かった。

『強くなりなさいね』

母は一体、何が言いたかったのだろう。
彼女の言う“強く”とは、どういう強さだったのだろう。
父親のような卑怯な心を持たず逃げない強さを備えろと、そう伝えたかったのだろうか。
漠然とし過ぎているが、自分はそれを成さねばならない事のように思っていた気がする。
(育児…躾?教育って、怖いな…)
血に父親を感じるやら、身に母親の念を感じるやら、悩む度苦しむ程同年代の友人たちとは別の場所に居る気がして肩身が狭い。
自分だけが家庭環境に問題があるとは思わないが、まともな親が居てきちんと親子で、普通に生活できていれば多少の意見や価値観の違いやズレは些細な事だと思う。
修復が前提にある場合も多いだろう。
不動はヒロトを思い出した。
アレもなかなかひどい生い立ち。
それから吹雪を思い出した。
自分だけが生き残るなんてそれも悲惨だ。
鬼道はどうだ。今は幸せだ。妹にも会えた。
そこで不動ははっと気付く。彼らは親が居ないのだから、全く別の不幸なのだ。
不幸というのも卑屈だが、それ以外に呼び方を知らない。

あれから父親からの呼び出しは途切れていた。
“まともな親”
という言葉が、少しも彼に刺さったなら会った意味もある気がするが、結局逃げるなら同じ事にも思えた。
息子がこわいとでもいうのだろうか。いずれにせよ情など無いんだ。
(根性無しめ)



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