2年前の夏がまだ懐かしいのは、本当にうんざりだ。

過去にしたいのに夢なのだ。またあそこに行きたくてそれをどこかで夢見ている。
自分が馬鹿みたいに幼く思え、ありし日の輝きにすがる浅ましさは母親を思い出す。
大人ってなんだ。何になろうとしてるんだ。
くだらない。ろくでもない。やめてくれ、やめてくれ!

不動は数日部屋にこもった。
誰が来てもドアを開けなかった。
理由があると自分でも思えないのに、甘えだと思うのに、立ち上がる気力がわかない。何故なのかわからないのに。

『甘ったれやがって!佐久間を呼ぶか?』

朝昼晩としつこい鬼道だったが、とうとう痺れを切らして怒鳴る。すると一息置いて、ドアの向こうから絶叫が聞こえ、静かになった。
『え…大丈夫か?叫んでたけど』
『ふん、煮詰まってるな。いい気味だが、大丈夫だ。不動において佐久間は最強。
まぁほっといたって勝手に立ち直るだろうけどな』
『そうだろうか…』
源田にはその絶叫が“大丈夫”とは思えなかったが、確かにその翌日に不動は学校に現れた。
刺々しく、とても不機嫌だったが、遅刻も早退も無く、部活にも出た。

不動にはどうしてこんなに自制が利かなくなったのか不思議だった。もっと落ち着いて冷静な自分だったはずだと戸惑いさえ感じていた。
年頃のおかげでどうしようもない物を頭で考えながら更に泥に埋まるようだった。
精神的なバランスが揺れるのは仕方がないと、それでもそんな自分は許せないのだ。


勉強のコツをつかんだのか、高等部での成績は上々だった。
勉強など大嫌いだったが、嫌いなだけで頭の出来は抜きん出ているのだから元から難しい事では無いのだ。
生活態度はなかなかにしてひどく無礼極まりない生徒だったが、部活での活躍と安定した成績が教員のやりづらさを増強する。なんとなくおざなりで腫れ物扱いな態度は、不動に両親を彷彿とさせた。
時々ひとりでふらりと響木の店に現れては黙って食事をして帰っていく。響木は何も言わなかったが、不動が抱える葛藤を理解していた。
今不動が信頼と呼べるものを寄せられる相手は響木しか居なかった。
そもそも無条件で信じられるはずの親というものに恵まれずに育ったせいか、ことさら大人には壁が厚い。さらに最近では父親が訪ねてきた件でかなりこたえた。
学校の友人や部活の仲間、恋人などとは響木の店には絶対来ない。門限を破ってひとりで来るのが常だったが、中等部の頃はよく佐久間とふたりで来たものだった。

『よう、佐久間はどうした』
『しょうゆ大盛』
『あいよ』
『死んだ』
『ん?』
『あいつは死んだ』
『おいおい、死んだって…』
『おんなじことだ』
『………』
『………』

響木にとっても他人の事にこんなに動かされる不動を見たのは初めてだった。
佐久間の事は既に本人から聞いていた。一時間ほど話したが、にこやかながら淡々としていた。
最後に謀ったと詫び、頭を下げて帰っていった。その潔さに響木は何も言えなかった。
選手として惜しいとも、試合には出られなくてもサッカーとの関わりを絶つまでせずともよかろうとも、思いはしたが引き留めは無駄な気がした。だから不動ももどかしいのだろう。
最近では週に1度はやってきて、何を言うでも無く食って帰る。
考えるのを諦めかけている。

「背が伸びたな」
「……」
「くまがひでえぞ。あんまり寝不足するなよ、不動」
「寝られない」
「不眠症か」
「目を閉じると部屋が縮んで、青いばけものが這ってくる」
「………」
「レギュラー落ちたんだ。餃子奢ってよ。あーあ、なんだかサッカーもだんだんつまんなくなってきたなァ」

“えらくなりなさい”

不動は根底で女が憎かった。
母親への憎悪と、母親からの呪いのような愛情。
佐久間もそういういきもののひとり。
ぎらぎらして、なよなよして、ぎすぎすして、いらいらする。
「甘えるんじゃねえよ。でも餃子は奢ってやる」
「……」
「お前はもうちょい、大人になんな」
「なんだよ、説教かよ」
「おめぇのまわりの大人はな、大人じゃねぇよ。子供のままだ。だからな、嫌なら大人になんな。何も歳食うだけが大人じゃねんだ。佐久間を見ただろ。ありゃ大人だ。自立してる。立派なもんだ」
「佐久間は死んだよ」
「未練がねぇなら忘れな、ガキ」
「チッ…しお大盛」


『しょうゆ大盛』
『じゃあおれしお大盛』
『お前いつもしおだな』
『おいしいじゃん』
『しおは味が薄くて食った気がしねぇ』
『たまに食べてみればいいのに』
『いらねえ。ぜってーしょうゆ。一択。あ、餃子ワリカンしようぜ』
『いいよ。じゃ、餃子一皿追加』

「また“友達”と来な。そしたら餃子はいつもタダだ」
「あいつ女のくせに、いっつも大盛食ってたよな」
「そりゃお前、お前と同じくらい動いてたからだろ」
「………」
「………」
「………チクショウ」

今抱える淀んだ物が、佐久間に会えば晴れる気がする。
佐久間が今まで自分を欺いて来た事と、女だからとこれからを全くあきらめた事は、受け入れられないし許せないのに、会いたくてたまらないのが嫌だった。
これがずっと続くと思うと、暗闇は余計恐ろしく、あまりにも耐え難たい。

「ありゃあいい女になるぜ」
「うるせえハゲ」
「がはは、ガキが」




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